違和感



「………不審な気配?」

翌日の夕方、日が沈む頃。
掃除機かけの手を休めてライダーへと振り返る衛宮士郎。


日曜日の衛宮士郎は桜と共に家でのんびりと過ごす。
送ってきた人生の為か彼はレジャーを楽しむといった
娯楽行動に疎く、二人連れ立ってデートにいくことは非常に稀だ。

ここで暮らし始めた頃はこの時代の男女はそういうものなのかと
理解していたライダーだったが、ある日遊びに来た美綴綾子からの、

「い、いや……それは衛宮が甲斐性無しなだけです」

という辛辣な批評を聞いて考えを改めるに至る。
休暇で帰ってきた凛にも意見を求めたが、

「あの二人を基準に世の中を見ると価値観が狂うからやめなさい」

との回答も得ている。

休日の二人は至って幸せそうである。
まるで一緒にいられることそのものが至上であるといわんばかりだ。
その様があまりに自然だった為に勘違いをしていたライダーだったが
とはいえ……それで幸せだというのならば自分から主に言うことなど
何も無かった。
―――閑話休題。


「ええ。昨日の帰り際の事だったのですが」
「………ん。どんな感じだったんだ?」
「………それが」

―――何も無かった。それだけ。
それを聞くと士郎は顎に手を当てて逡巡した後、

「………しばらく警戒しててくれ。
ライダーの勘ならたとえ何もなくても”何か”あったんだろうから。
俺も桜と一緒にいるときは気をつけておく」

そう言って掃除に戻った。



何も起きなかったのだから報告するまでも
ない事例のように思われるこの案件だが
ライダーと士郎、桜を守る二人の守護者にとっては
日常に入ってくるありとあらゆる”違和感”は見過ごせない敵である。

”間桐桜”という存在は
こと魔術に関わる者にとって稀有な研究対象である。
―――聖杯化の後遺症。
「あちら側」との繋がりで人の限界を超えた魔力量を誇り、
聖杯の機能も一部だが生きている桜は、
二人といない稀有な能力をもつ魔術師なのだ。

故に桜を守る為、二人は今も警戒とその為の行動を欠かさない。
士郎は毎日の訓練。
ライダーは桜の護衛。
―――彼らの聖杯戦争は未だ終わってはいなかった。
主の平穏な暮らしを守るため、ライダーは今もここに在るのだ。



「わ………!士郎さん、ライダー!」
「………?」
「どうした、桜」

庭のほうで洗濯物の取り込みをしていた桜が二人を呼ぶ。
昨日の今日だ。桜の声は切迫したものではなかったが
少し急ぎ足で庭へと急ぐライダー。

「どうしたんだ桜?」

つっかけを履いて庭に下りる士郎とライダーに駆け寄ってくる桜。
少し興奮気味である。

「ね、あれ、あれ!見てください!」

そう言う桜の視線の先にいたのは………
赤い着物を着た、小さな女の子の姿だった。



ライダーと一緒編-Sその4。
違和感。日常というものに焦がれた少女を守る為に
守護者たちは今もまだ、心に刃を秘める。