制御



「ん………んん……」

”影の小人”が踊る。
机の上を跳んだり駆けたりしゃがんだり、
ずんぐりとした体をめいっぱいに使って使い魔は主の意思を叶え続ける。
………が。

―――ヴィ……バチッ。

「あっ!」

電撃が走ったように硬直し、その動きを止めた影の小人は
風船が割れるように膨らんで弾けた。
実体を失った影の飛沫は即座に風化する。
―――魔術の制御に失敗したのだ。

「ふむ、やはりコントロールが甘いのお」
「う………」

桜の魔術の師であるディーロは苦笑交じりに溜息をついた。



―――新都の外れに建つ白い聖堂。
ここ冬木聖堂教会は、極東の地冬木で行われる聖杯戦争の監視を目的に
聖堂教会が活動拠点として築いたものである。
聖杯戦争当時は代行者・言峰綺礼によって管理運営されていたが、
戦争終結と同時に行方不明になった彼に代わり、代理の管理者が
赴任してくる事になった。それがこの老人、ディーロ神父。
聖堂教会の司教である。

桜の姉である遠坂凛が聖杯戦争の重要参考人として時計塔に連行され、
冬木の管理と状況収拾を一身に背負わされる事になった桜。
当時、冬木の被害状況は聖杯戦争の影響によって甚大なものであり、
とてもではないがその頃のライダーと桜にどうにか出来るものではなかった。
そんな二人に手を差し伸べてくれたのが赴任直後のディーロ神父だった。

聖杯戦争の事後監察を目的として赴任してきた彼は、
教会の人間とは思えないほどに魔術的見解に富み、
広い視野で物事を捉えられる人物だ。
根源の穴が開きかけるという、魔術にとっては一大事と呼べるこの案件に対し、
両組織の政治的緊張を緩和させる目的を以ってこの地に派遣されたらしい。

案件の沈静化以後、そのまま管理者セカンドオーナー代理として
この地の管理を任されることになった桜は、
それ以後も魔術を習うという名目でディーロと親交を深め、
公的な間柄のみならず私的にも懇意にさせてもらっている。
教会側の意図は充分に果たされたといえよう。



「サクラちゃんの魔力出力は他人とは比較にならんのじゃから、
魔術行使する場合、もっと小さい規模の
事象を想定しなければ駄目じゃ」
「はい……。
ディーロおじいちゃん、もう一度お願いできますか?」

数度のトライを経てなお成功を導き出せない桜は、
懇願するように師を見つめる。

「フム……」

老人は目を伏せ少し考えた後、ライダーに目を向ける。

ライダーは桜と魔術的なつながりを持つサーヴァントだ。
主の霊的コンディションについては近くにいればある程度
察することが出来る。
既に制御訓練に入って長い。疲労は随分蓄積しているようだ。
問いかけに対し首を降って答える。

「ライダー……」

もの言いたげな顔でみつめてくる桜。

「サクラ、時間はいくらでもあります。
無理をしても仕方の無いことです。今日はここまでにしましょう」

微笑んで桜の手をとるライダー。細く美しい指先には震えが走っている。
疲労が限界に達しているのだろう、これ以上の訓練は害にしかならない。

「次の機会もある。またおいで、サクラちゃん」

老人が明るくそういうと、不承不承頷く桜。

「努力家なのは認めるがのぅ。度が過ぎるのは困ったものじゃ」
「うう………」

老人の言葉に項垂れる桜。
ライダーとディーロは顔を見合わせ苦笑した。



帰り支度を整え教会の外に出ると陽は中天を過ぎ西に傾きかけていた。
衛宮邸に着く頃には日が暮れているだろう。少々長居が過ぎたらしい。

「あ、いけない。お夕飯の買出しに行かなきゃ。
ライダー、急ごう」
「はい」

思い出して手を叩く桜にライダーは微笑を返す。

「今日はありがとうございました、ディーロおじいちゃん」
「またおいで。楽しみにしとるよ」

ペコリと頭を下げる桜に笑って返す老人だが、
ふと思案顔になって黙り込む。

「……どうしました?」
「………ん、サクラちゃん。
ライダーさんと話したいことがあるのじゃが、
少し良いかね?」
「え?」

その言葉に軽く驚く桜。珍しい申し出なので戸惑っているのだろう。
老人の申し出に心当たりがあるライダーは、

「……わかりました。
サクラ、先に行っていてください。話が終わり次第追いますから」

そう答え、桜に先に行くように促した。

「……うん。
ライダー、私深山の商店街のほうにいるから、
話が終わったら迎えに来てね」
「はい」

ライダーの返事を聞くと頭を下げ、駆けて行く桜。
坂道の向こうへ主の姿が見えなくなるまで見送ると
ライダーは老人と相対する。

「察しは着いているようじゃな」
「……サクラの事ですね?」
「……うむ」



ライダーと一緒編-Sその2。
身の内で凝る魔力と付き合っていくために勉強を続ける桜。
けれど、その成果は一向に表れず………。