機械



「さて、これからどうするか……」

電話を廊下に戻して居間に戻ってきた士郎は、
テーブルの前に腰掛けながら口を開く。

「今日はもう遅いですし休みましょう。
サクラの石化は解けていませんし、体力的にも限界です」
「そうだな。よし、居間に布団を敷いてみんなで寝るか」
「わ、なんだか合宿みたいですね」

士郎の提案に和らぐ桜の表情。
桜の身に何が起こるか判らない現状、良い提案だろう。

「それじゃ布団とってくる」
「私も手伝います。サクラ、少し待っていてください」
「うん」

士郎と共に隣の客間へと向かう。

「しかし大変な事になってきたな……ほい、ライダー」

押入れから布団を取り出し、ライダーに渡しながら呟く士郎。

「士郎、明日はサクラの傍にいてくれると助かるのですが」
「ああ、一件が片付くまで有給使うよ。
ちょうど暇な時期みたいだしな……社員としては怖いけど」

士郎はここから離れた街にある設計関係の事務所で働いている。
そこの所長に見初められて就職となったらしい。
構造把握を得意とする彼にとって、まさに天職といえるだろう。

「よし、それじゃ戻るか」

布団の束を二つ抱えて客間を出る士郎。
ライダーも布団を抱えて士郎に続くが、


ベシッ!ドサドサッ。


「〜〜〜〜〜〜っ」

客間の柱に肩をぶつけ、倒れてしまった。

「うわっ、どうしたライダー!?」
「いえ、お気になさらず……」

桜の石化を解くために自分にかけた暗黒神殿-ゴルゴーン-の影響で、
失った視力が完全回復していなかったのである。

『ライダー、今の音なに〜!?』
「大丈夫ですサクラ。なんでもありません」
「ライダー、キュベレイの影響か……?」
「……今日の私は失態ばかりを見せていますね」

士郎は苦笑を浮かべると、ライダーが落とした布団の包みをひょいと抱え上げる。

「あ、士郎、三つもいけるのですか?」
「余裕余裕。ライダーは大丈夫か?」
「はい」

布団に囲まれ移動要塞の体を成している士郎。
その様子を想像して思わず微笑んでしまう。

「ふふ……」
「……? なんだよ、ライダー」
「いえ、士郎は本当に頼りになります」
「こんなのなんでもないぞ?」
「そんなことはありません」

今日一日で彼にどれほど助けられただろうか。
そう感じるのは、果たしてライダー自身が弱くなったためか、
それとも士郎が強くなったためなのか。

「あんまり褒められるとむず痒いな。今日のライダー変だぞ?」
「女は男を立てるもの、と、この国の古い書籍でも語られていますよ?」
「あー、やめてくれ、そんな柄じゃないって!
先行ってるぞっ」

慌てたように離れていく士郎の気配。
その気配は力強くて、数年前の彼とは比べ物にならないくらいに大きくて……


『……ああ』


そんな細かい気配の違いまできちんと見分けられる自分の認識に、
改めて気付いた。
そうか、私は……誰かを省みるようになったのだ。

何もかも失い怪物として生きていた頃は、
まるで機械の様に全てを閉ざす事を良しとしていた。
聖杯戦争のときもそうだ。
些事には気もかけず、ただ主を守るためだけの一個の機械として
戦う事を良しとしていた。桜が大切に思う士郎ですらも、
桜の敵になるのならば殺す事を躊躇わないつもりでいた。

機械-バケモノ-は悩まない。機械-バケモノ-は迷わない。
ただ自分の成すべき事を正確に繰り返すだけ。
そこには情も想いも無い。だから、そうある内は迷う事などなかった。

けれど、今のライダーは情に生きている。
人と生きていく事には何一つ正解と言うものが無い。
だから迷う。だから悩む。


『―――下らない事で悩んで、本当に愚かな子だこと、メデゥーサ』


そんな言葉を思いだす。
あの頃の自分は本当に些細なことに心を揺らがせて
まるで少女のように脆弱な存在だった。
そんな自分を一人前の淑女にしようと頑張ってくれた姉達。

『姉さま、私は何一つ変わっていません。
愚図な妹のままです……けれど』

苦笑を浮かべ立ち上がる。
迷い、悩む事は脆く脆弱な人の性。
強く迷わぬ機械-バケモノ-の在り方には程遠い。

けれど……そんな私を必要だと言ってくれる人がいる。
そんな私を信じてくれる人がいる。


『ライダー、大丈夫ー?』
『どうした、ライダー?』


居間から桜と士郎の声が聞こえる。
大好きな人達の声が聞こえる。

「はい、今行きます」

今度は無様を晒さないように慎重に周囲を窺いながら、
ライダーは廊下を歩き出した。



ライダーと一緒編-Sその20。
機械。
強さは失った。けれど、今は孤独-ヒトリ-じゃない。