探求



『そんな訳で、どうも桜に知識を与えた奴は教会系グノーシス主義者っぽい
雰囲気を感じるわね……。文献の傾向や魔術技能を見る限り
ヴァレンティノス派の流れを汲む生粋のグノーシス主義者かも』
「…………」
「……? どうした、桜」

下を向いて何かを考え込んでいる桜に声をかける士郎。

「えと……姉さん、ちょっといいですか?」
『いいわよー。おかしいと思ったこと、どんどん言いなさい』
「最初姉さんに挙げた文書が外典だ、て聞いたときに
今ひとつピンと来なかったんです」
『……へ? 桜、貴方ナグ=ハマディ写本暗記してるって言ってたわよね』
「はい」
『どういうこと……?』
「……なんだ? 何かおかしい事があったのか?」

しばし沈黙が降りる室内。凛の方も思索を巡らせているらしい。

『桜、一つ質問よ。
外典の概念自体は理解してるのよね?』
「はい。姉さんに説明を受ける前から概念自体は理解していました」
『じゃあ何で最初にその単語を出したときにピンと来なかったの?
それはどんな感じだった?』
「えと……なんていうんでしょう……。
知ってる料理作るときと、知らない料理作るときの差、でしょうか……」
「あ、俺判ったぞ」
『ちょっと、どういうことよ!』

電話の向こうで置いてきぼりを食らった凛が声を上げる。
ライダーにもさっぱりである。

「つまりだな、身についた料理とレシピ見なければ作れない料理の差だよ。
判ってる料理は調味料配分とか熱を通す感覚とか“肌で”判るもんだろ。
だけど、レシピ見なければ判らない料理は違う」
『……ははーん、なーるほど。ん……でもそれって…………』

再び降りる沈黙。
どういうことだろう。つまり先ほど首を捻った士郎と桜、
それぞれの理由は違った、と言う事なのだろうか。

『桜、それって“外典”以外にも感じた?』
「はい。さっきとは違うんですけど、親密に感じたり逆にレシピみたいに
感じたり、いろいろでした」
『どれをどう感じたのか、そのトピックを挙げられる?』
「はい、多分大丈夫だと思います」
『よし……尻尾がつかめてきたわね。まずは親密に感じたところから、いい?』
「判りました」


そうして凛の質問に答える桜。
その問答によって以下のような答えが得られた。

親密に感じたもの……
キリスト、十二使徒、ペテロ、聖書、グノーシス。
レシピのように感じたもの……
クレメンスの手紙、ヴァレンティノス。


『んん………なんだろう。とりあえずメモっておくわ。
ヴァレンティノスが遠い感覚……?
でも十二使徒には反応してるし……うーん』
「何か判りそうか?」
『調べてみないとなんとも。とりあえずそっちの方でも情報集めてみて。
ディーロ司教と仲良かったわよね、桜』
「え……あ、でも……。
私、異端知識の塊みたいになっちゃって、
ディーロおじいちゃんに嫌われないでしょうか……」

教会と魔術師の確執を聞いた後だからだろうか。
桜は左腕を掴んでしょぼんと項垂れてしまう。

『んー、大丈夫じゃない?』
「なんでさ? 教会は異端を許さないんじゃないのか?」
『馬鹿ね、だったら今まではなんなのよ』
「……あ」
『ディーロ司教は私たちが魔術師であっても私的な交流を
深める事に躊躇しなかった。桜がいくら魔術師として利口になっても、
ディーロ司教が今まで築いてきた貴方達に対するスタンスを変える
理由にはならないでしょ』

凛の答えにほっと溜息を漏らす桜。
だが、その意見に対しライダーは少々懐疑的だ。

「ですがリン。
桜の身に起こった異変が彼らにとって都合の悪い事でしたら……どうです?」
『ん………そうか。そうね、楽観は禁物かも』

再び曇る桜の顔。
少々胸は痛むが、気は引き締めておいた方がいい。

『他には何か変わったことあった?』
「ええ、先ほどの話ですが桜に対して暗示がかけられていました』
『暗示……どんなもの?』
「刻印の存在や、自身の異常について注意を逸らす類の
右脳操作系魔術のようでした』
『自己認識操作の魔術か……いやらしいわね。
その様子だと無事解除できたみたいね。桜』
「え……はい」
『大変だったわね』

ライダーが与えた数少ない情報から状況を想像したのか。
簡素ながら、凛の言葉には深い慈愛が篭っていた。
それが嬉しかったのだろう。唇を噛んで目をうるうるさせる桜。

「……姉さん……」
『……もう、桜も子供じゃないんだから泣かないの。
衛宮君もライダーもお疲れ様。しんどかったでしょ』
「桜はぴんしゃんしているし、なんでもないさ。
それに雨降って地も固まったみたいだしな」
『何のこと?』

苦笑するライダーと桜。

『んー……しかし認識魔術か……。やり方が慎重ね。
これは本格的にやばい状況も想定に入れておいた方がいいかも』
「どういう事だ?」
『桜に魔術をかけた相手が探求型魔術師の可能性が高いからよ』
「……探求型魔術師……?」

聞きなれない単語に首を傾げる士郎。

『私みたいにご飯のタネとして現世利益の為に
職業魔術師やっているのが職業型魔術師ね。こっちはスタンダードな魔術師。
実際協会にいる人間の95%はこっちに分類されると思う』
「……わりと現実的なんだな」
『魔術師が霞を食べて生きてるとでも思ってた?
地位とか名声とか金銭とか、現世利益でどろどろよー。
それとは対照的に、自己の社会的関与の一切を放棄して、
純粋に根源だけを目指して魔術を行う人たちの事を探求型魔術師って言うの。
こっちは基本的に封印指定受けるようなアウトローばかりね』
「……なるほど」

二者の最も大きな違いは社会性にある、と言う事か。

『で、話は戻るけど、魔術師が周囲に異常を隠すやり口って
何で必要なんだと思う?』
「魔術の隠匿……だろ?魔術師は公になるような魔術を使わない」
『じゃあなんでそんな戒律が出来たんだと思う?』
「………ん………魔女狩りとかの影響か?」
『衛宮君にしてはいいところ付いてくるわね。
そうね、そういう意味で人と魔術の認識が相容れなくなった
時代背景もあるけど、言っちゃうと人から魔術を秘すのは
アラヤの統合意識から逃れるためなの』
「アラヤ………守護者か」

士郎の顔が苦々しく歪む。
霊長を守る統合存在―――アラヤ。
人の無意識の集合であり、星の意識であるガイアとは対を成す存在。

星そのものの危機の為に霊長を滅ぼすガイアの抑止-プライミッツマーダー-とは違い、
霊長の存続の為に滅びの要因を破壊する抑止存在-カウンターガーディアン-
それが守護者である。

『“人”に知られるって言う事は“アラヤ”に意識されるって事。
だから、根源開きみたいな霊長の存亡に関わるような
やばい事がアラヤにばれると、届きそうになった段階で“抑止”が発動する』
「要因ごと全部潰されるわけか…………」
『本体が降りてくるなんてよほどの事態だけどね。
だから根源を目指す探求型魔術師は慎重よ。
……といっても、衛宮君達に速攻でばれているあたり、
なんか間抜けさを感じるけど……』

その辺りに関してはライダーも腑に落ちない。
あんな隠し方では周りにいる人間に疑ってくださいと言っているようなものだ。
本来別の思惑、別の目的の為にかけられる魔術なのか……。

『まあ、集められる情報はこれくらいかしら。
刻印の正体に関してはこっちで調べてみるわ。刻印の写真とか送れる?』
「写メなら送れるけど、遠坂携帯使えるようになったか?」
『う……ふん、当然よ。さっさと送りなさいよね。
こっちだって暇じゃないんだからっ』

声が上擦っているところを見ると些か不安だが、
流石に手紙でやり取りが出来るほど悠長な状況ではない。

『こっちで判り次第連絡するから、一日二日頂戴。
事と次第によっては私もそっちに行くわ』
「えっ、姉さん来てくれるんですか?」
『事と次第によっては……ね。もう、甘えた声だして。
冬木のことは任せてあるって言うのに、頼りない桜ね』
「ち、違います、私……」

困ったような声を出す凛に頬を赤くする桜。

「姉さんと会えるの嬉しいなって……そ、それだけです」
『………そ、そう。
ふん、じゃあ管理者としてちゃんと仕事してるか、
帰ったらじっくり確認するとしますか』
「う……だ、大丈夫です!」
『ふふ、それじゃあ楽しみにしておくわね。
吉報を期待しておいて』
「はい」
『それじゃあね』

そうして、凛との連絡は終わったのだった。



ライダーと一緒編-Sその19。
探求型魔術師について。
情報交換を終えた一同は事件解決に向けて動き出す。