Interlude2:異端



主が言った。
「単独なる者、選ばれたものは幸いである。
なぜなら、あなたがたは御国を見出すであろうから。
なぜなら、あなたがたがそこから来ているのなら、
再びそこに行くだろうから」




―――魔術の話をしよう。


さて、人は何故知識を求めるのだろう。
偉大なる主は私に仰った。
「この言葉の解釈を見出すものは、死を味わう事が無いであろう」と。
主は一度死に蘇り、我々の前に再び姿を現した。
そうして、傷まで触らせてくれさえした。
主は届いておられたのだ。死を超越した認識-グノーシス-というものに。

人は御国にいた頃、全ての智を持ち合わせた概念存在であり、
単独であり、滅びを持たない魂であったという。
けれども造物主によって肉を与えられ、男と女に分けられた日から、
生む事を定められ、滅びを与えられてしまった。
持ち合わせたはずの認識を失ってしまった。
我々は肉を得、個を得た日から、永遠を失ってしまったのである。

では魔術の求める真なる認識、究極の智とは何を意味するものであろうか。
権力、力? それは違う。我々が求めるものは原初に帰る事。
単独者として“覚知”し、御国に至る事にこそ在る。

敬愛する主はその高みに届いておられた。それ故に、我々の前からお隠れになられた。
私は、今一度主に会いたい。賢く偉大で、懸命であった主にお会いしたい。
けれど、我が身は猜疑に捉えられ、認識には程遠い身。
この肉が滅ぶその日までに、主の降りてこられる“御国を成す”どころか
自身が認識に届く事すらも叶わぬであろう……。



それ故に―――私のとっての魔術とは。
私の遺した何かがいつか認識に至り、その力を以って“御国を実現”する事にある。
御国が成れば、全ての魂は主と同一になる。
志半ばで朽ち果てた私の魂も、主の御前にて目覚めのときを迎えるだろう。

ああ、それは至上の喜びだ。
全ての人間は生きる苦しみから解放される。
全ての人間は主と同一となり、苦しみも悲しみも失われるのだ。
それは、なんと幸せな世界だろう……。



我が身は肉に囚われ、認識には程遠いが、
幸い、主に触れたこの腕は“門を開く事”が出来る。御国に近づく事が出来る。
扉の先にある“国”がたとえ御国ではなくとも、この世ならぬ認識により
生まれた世界である以上、そこには必ず“鍵”がある。
人が失った、認識へのヒントがあるはずだ。

私は人生の全てを費やし、その鍵を集めていこうと思う。
私の代で拾いきれぬのならば、その次の代が集めていけばいい。
そうしてこの魔術刻印-聖痕-が完成したとき、御国に届く完全な鍵となる。
御国に届いた“認識”は、この世界を御国に変える智を『私達』に与えるだろう。


さて、長い旅に出るとしよう。
後半は私の話ばかりで、少々退屈だったろうが、付き合ってくれて感謝する。
末世の世界で再び会うことがあるかもしれないな。

……ん、名前?
そうか、名乗っていなかったな。
私の名は――――――



ライダーと一緒編-Sその15。Interlude2。
ある魔術師の話。
敬愛する主を失った男は、彼にもう一度会いたいばかりに魔道に身を堕とす。
彼の想いは歴史の中で、ある思想と交わり結実していく事となる。

―――その名を覚知-グノーシス-。
ありとあらゆる教えの側面にして、異端たるモノである。