サクラ:前編



「……サクラ」
「………………」

桜の傍に歩み寄り、その肩をそっと掴む。
緊張からか、僅かに硬くなる細い肩。

「これから、魔眼を使ってあなたの内側に侵入し、
干渉している魔術を発見、オーバーフロウさせます」
「オーバーフロウ……?」
「上位の意識干渉で、あなたの認識をコントロールしている魔術を
無効化するという事です」

その危険性に気付いたのか、桜の体がびくっと強張る。
その隣に居る士郎の気配も硬くなったのを感じる。

ライダーの魔眼は“石化の魔眼”-キュベレイ-
最高位に分類される比類なき力を持つ魔の瞳。
キュベレイによる意識侵攻はありとあらゆる干渉魔術を上回り、
その効果を制圧出来るだろう。
だが、キュベレイによって干渉を受ける生体は石化の影響を受けてしまう。

覚悟だけでそれを受け入れろと言うのも酷な話だ。
……けれど。


ぎゅっ……。


ジーンズに感じる、か細い感覚。
桜の細い手がライダーのジーンズを強く掴んでいる。

ああ、今の私にはそれだけあれば充分。
好きだと言う言葉も、深い親愛もいらない。



「―――いきます」

魔眼殺し-メガネ-を外し、桜の目を正面から見据える。
まず入ってくるのは怯えたように眉を寄せる桜の顔。
そこから徐々にズームアップしてゆき、
左目の奥へ奥へと焦点をあわせていく。


“石化の魔眼”-キュベレイ-



―――ゴオンッ



魔眼に強い魔力が収束する。
迸る魔力が一点に制御され、ライダーの意識を桜の内側へと運んでいく。



オオオオオオオオオ―――



ライダーの意識は魔力と言う形を取り、桜の中に侵入する。
巨大に過ぎるサーヴァントの思念ならば右脳領域を一瞬で探査し尽くし、
干渉魔術を発見、踏み潰せるはずだった。

「――――――」

だが、その目論見は外れる。
広い。視界に広がるのは果ての見えない暗黒。
桜の意識の器は、サーヴァントであるライダーの思念を飲み込んでなお、
有り余る広さを持っていた。

「…………っ」

飛び交う信号と形成される思考は、広い空間を縦横無尽に移動し、
意識干渉している魔術の糸が見つけ出せない。
だが、諦めるわけにはいかない。元より時間も無い。
外側から魔力を注ぎ込み、己の存在を大きく広く、引き伸ばしていく。
広がっていく探知感覚。脳の中で作られる“意識”の
事細かいところまで見分けられるようになる。

「…………何処」

走る様々な情報。行き交う思考。
飛び交う光の群れは桜の気持ちや、共に過ごした暖かい日々の想起。
それらを検知することは、まるで彼女と一体になるような不思議な感覚だった。


『ライダー』


そんな中、聞こえてくる声。
嬉しい声もあれば悲しい声もある。
楽しそうな声もあれば、怒っている声もある。
その中には―――


『……ライダー、坂の下の人を見たとき、すごく切ない顔してた』
『置いていかれたのは寂しいけど、きっと戻ってきてくれるよね』
『追いつけたのかな。大丈夫かな。
……一人は寂しいな。いつも一緒にいてくれるから
気付かないんだね。ライダー、私がいてほしいって思う時、
いつも傍にいてくれるから……こんな気持ちになったことなかったな……』
『あ……帰ってきた……けど……。
とっても……寂しそうな顔してる。
誰だったんだろう……知ってる人だったのかな。
ライダー、何か考えてるみたいで話しかけにくいな。
……うん。帰ったら美味しいご飯作って、何があったのか聞いてみよう。
美味しいご飯食べれば元気になってくれるよね……?
ようし……頑張るぞ!』


―――教会前での記憶もあった。



「ぐ…………っ。
……サクラ…………っ!」


桜はこんなにも想ってくれていたのに、私は自分の事ばかりで。

「私は……あなたを選べなかった…………っ」

ライダーの思考に脳が影響を受けているのだろうか。
桜の記憶は衛宮邸を想起する。

“影の小人”から見た士郎の部屋。士郎を見つめるライダーの姿。
吐息すらかかりそうなほど近く近く、二人の顔は近づく。
そうして、突き刺さる悲しみの感情。


『ライダーの馬鹿……っ!』


「……サクラ…………っ」

痛くて苦しい。その悲しみは刃のよう。
なんて馬鹿なのか。なんて自己中心的なのか。
愚かな自分をズタズタに引き裂いてやりたい。

「私は……私は……」

苦しい心を必死に抑えて、記憶はさらに奥へ。
場面は居間へと移る。

ライダーの為に作った食事を無表情で頑張って食べる桜。
悲しくてしょうがない。辛くてしょうがない。


『ライダーの馬鹿…………』

「………サクラっ……」



―――そうして食事が終わり、士郎との後片付け。

『桜、夕食の後話したいことがあるんだけどいいか?』
『士郎さん、私許してないんですからねっ!』
『う……あとでちゃんと償いはする。だから聞いてほしい事があるんだ』
『聞いてほしい事……?』
《■も、■いて■し■事が■■――〜ー〜〜何だろう?》
『なんですか?』
『ああ、桜の事なんだ。頼む』
『……判りました』

…………?
なんだ、今のは。一瞬、思考を遮る糸のようなものが見えた。
再び場面は居間へ。


『あの……聞きたいことってなんでしょうか?
私のことみたいですけど……』
『……はい。今日の勉強会での事なのですが』
《あ……■イ■ー、■う■て■■て■れな■■たの?
■■たかっ■のに――〜ー〜〜……ライダーのばか》

「…………」
『……サクラ。先程の事は本当に……』
《知らないっ》


会話の最中。
思考が言語として成立するプロセスを妨害する何か。


『今日の勉強会でやった事から教えてくれるか?』
《■……士郎さん、■もお■した■■たん■す。
■、■■ら■ら■い事■たく■ん■■よ■に――〜―〜――勉強会でやった事……》

『はい。えーと、先日の復習で、使い魔の制御からやりました。
次に使い魔との感覚共有、使い魔を使っての魔術行使、
それから使い魔のサイズ変更をやって、後は同時に何体使い魔を
扱えるかをやりましたよ。とりあえず使い魔に関してはそれくらいです』
『……うわー、俺じゃどのくらい凄いのか判らないけど……。
とりあえず何体ぐらい同時に扱えるんだ?』
《■、■、■い■す!■、本■は■ん■事■来■■ん――〜――〜―出来ること?》
『えと、今日は20体でした。
あんまり髪の毛切るの嫌なのでそのくらいでしたけど、
最大で40近くはいけると思います』
『……よ、よんじゅう……』
《■、■いま■……■■いの■…――〜――〜―?》


それは輝く糸。まるで絡み合う鍵のような形をした糸は、
いくつかの思考を妨害し、目前の会話に対して
受け答え出来るように矛盾を修正していた。


「――――――見つけた」


想起され再構成されようとする記憶に対しても巧妙なブロックを
行おうとする“糸”。その糸に対し、魔眼の出力を最大に上げ圧力をかける。
先端から膨張し、ぼろぼろと崩壊を始める糸。
慌てて尻尾を切り、逃走を図ろうとする魔術を追跡する。


「絶対に逃がさない――――――!」



ライダーと一緒編-Sその13。
気持ちは見えない。見えないものは思うしかない。
けれど、思いは曲がる。
心は誰かの気持ちを正しく察する事など出来ない。

ならば、誰かと繋がっていくにはどうしたらいいのだろう―――?