ただ、守らせて



一時間後。
時計の針の音を聞きながら居間で待っていたライダーは、
廊下を歩く二人の足音を捉えた。
襖が開き、居間に入ってくる人影。士郎と桜である。

「ライダー、どうだ?」
「……はい」

頷いて答える。
士郎も浅く頷くと、桜の手を握ってテーブルに着く。

「……サクラ。
話を聞いていただけますか?」
「………………」
「サクラ」
「……ライダー、私どこもおかしくないよ」
「……サクラ、貴方の知識は……」
「……だ、だって、このくらい当たり前に出来る事よ?
ライダーやおじいちゃんが教えてくれたんだから」
「…………っ。
サクラ、私は貴方に無理を強いて高度な魔術を教えたいと思いません。
ですから、それは私が教えた事ではないのです」
「……そ、そんな……」

下唇をかんで泣きそうな表情を浮かべる桜。

「ライダー、なんで意地悪するの……っ?
どうして……?」
「……意地悪ではありません、サクラ、私は……」
「じゃあ、なんでさっき士郎さんに……?
礼って……何……っ?」
「…………っ」


―――胸に杭を打ち込まれたような痛みが走る。
それは、言い逃れの出来ない自分の弱さだ。


「もしかして、私のこと……嫌いになっちゃったの……?
だから私のことおかしいなんて言うの……っ?」
「そんな……そんな事はありません……!」
「じゃあどうして今日に限って私を苛めるの……?
どうして私のこと置いて行っちゃったの……?
私、ライダーに嫌われるような事した……?」
「サ、サクラ……そんな事はありません……私は……」
「私、馬鹿だから……ライダーに嫌われても仕方がないよ。
魔術を上手く扱えるはずは無いって言われたって当然だよね……。
ごめんね……」
「ち、違いますサクラ……それは違う!」
「で、でも……っ!
それを先輩に言うなんて酷いよ……っ!
私が悪い事したんなら……ぐすっ……私に言ってよ……っ。
酷いよ……ライダー……っ」
「…………っ!」


ギリッ。


奥歯を強く噛み、胸の痛みを必死に押さえる。
桜の言葉の一つ一つはライダーの業だ。
桜を置いて駆け出してしまったこと。
魔術を上手く教えてあげられなかった事。
桜に謝れず、士郎に頼ってしまった事。
全て、自らの弱さ、未熟さが生んだ業だ。

たとえ、誤解があったとしても。
その全ては桜にとって紛れも無い事実。
傷つけたことに変わりは無い―――。


「サ、クラ……私は…………」



目の前がぐらぐらとゆれる。
たった一つの間違いが、全てを台無しにしてしまう。
いつもそうだ。あの時だってそうだ。

馬鹿な女-ワタシ-が、馬鹿な選択をしたせいで。
一番大切な人たちを………



「―――桜」
「……え……」


揺れる世界が、精悍な声によって切り裂かれる。
声を上げたのは士郎。


「ライダーが……本当に桜のこと嫌いだって思うのか?」
「……え……」
「じゃあ言い方を変える。
桜はライダーの事嫌いか?」
「――――――!」

その問いに目を見開く桜。
強く首を振って声を張り上げる。

「わ、私は……ライダーの事嫌いじゃありません……!」
「…………!」
「それじゃあライダーにも聞くぞ。桜のこと、嫌いなのか?」
「馬鹿を言わないで下さい!
わ、私は……」

こちらを見つめる二つの視線。
ああ、そうだ。士郎にも言われたじゃないか。


―――大切な事は、なんなのか。


「好きです。私は、桜の為にここにいるのですから」
「あ………ライダー……」

桜の瞳から涙の粒が落ちる。
そうだ……大切な事は、嫌われないためにどうするかではない。
相手を好きだと思う気持ちを信じられるか。
自分の気持ちが揺らがないか。それだけだ。

「……まったく。
考えすぎるなって言っただろう?
本当に似たもの同士だな、二人は」

溜息をついて姿勢を崩す士郎。
ただ好いていると伝えるだけで、桜との間にあった険悪な空気は幾分か晴れた。
今ならば……伝えられるかもしれない。

「サクラ」
「……う、うん」
「信じてくれとは言いません。
ただ……守らせてほしい」
「ライダー…………」
「だから……サクラの事を調べさせてくれませんか?」

桜は暫しの間胸に手を当てて俯くと、
やがて顔を上げて、


「……うん。
調べて、ライダー」


そう言って頷いた。



ライダーと一緒編-Sその12。
何が人を別つのか。
答えは自分の中にある。