変化



重い雰囲気の漂っていた夕食の時間は終わり。
台所で士郎と一緒に後片付けをする桜の声を聞きながら、
ライダーは居間で項垂れていた。

あの後、影の小人の正体を士郎に伝えると、
桜に対して平身低頭謝罪を敢行。
その誠意ある謝罪は桜に対し受け入れてもらえたようで、
現状の通り、台所でぎこちないながらも話を聞いてもらえているようだ。
だが、ライダーの謝罪に関しては耳を傾けてもらえず、
この通り項垂れているというわけである。

『私は馬鹿だ……』

これからどうしようと考える。
士郎に甘えてしまうなど言語道断、
しかもこれから桜と話そうというときに何を考えていたのか。
正直、この状態で話を切り出すのは苦しかったが、
ここ数日桜の周囲で起きている異常は看過できるものではない。

そうやって弱っているうちに後片付けが終わったのか、
士郎と桜が居間に戻ってくる。強い緊張感に背筋を伸ばし居を正す。



「あの……聞きたいことってなんでしょうか?
私のことみたいですけど……」

対面に腰掛けた桜が口を開く。

「……はい。今日の勉強会での事なのですが」
「…………」
「……サクラ。先程の事は本当に……」

眉根を寄せてぷいっと横を向いてしまう桜。これは駄目だ。
士郎に助けを求めるように視線を送る。

「……桜、今日の勉強会でのこと教えてくれるか?」
「うー、わかりました。何が聞きたいんですか?」

ライダーとは目をあわさないようにしながら口を開く桜。
その様子にがっくりと項垂れる。
自分の事は後でいい、とりあえず話を聞こう。

「勉強会でやった事から教えてくれ」
「はい。えーと、先日の復習で、使い魔の制御からやりました。
次に使い魔との感覚共有、使い魔を使っての魔術行使、
それから使い魔のサイズ変更をやって、
後は、同時に何体の使い魔を扱えるかをやりましたよ」
「……どのくらい凄いのか判らないけど……。
何体ぐらい同時に扱えるんだ?」
「えと、今日は20体でした。
あんまり髪の毛切るの嫌なのでそのくらいでしたけど、
最大で40近くはいけると思います」
「……よ、よんじゅう……」

桜の言葉に口をパクパクさせている士郎。
実際ライダーとディーロがその光景を見たときは開いた口が塞がらなかった。
熟練の人形遣いとて、あの数を滑らかにコントロールするのは難しいだろう。
第一、並みの魔術師ではあれだけの数の使い魔を作り出せば
魔力が枯渇してしまう。
桜が行ったのは、大魔力を前提にした魔術師が行う一流の技巧だった。

「それから架空元素の起動訓練をして、発動、制御、変化の実技をやりました。
影の糸を作って針の穴に通したりもしたんですよ」
「……針の穴……それは凄いな」

桜の本質属性である架空元素の魔術は、出力制御が身につくまでは
行わせないつもりだったのだが、当人が出来て当然と始めてしまったので
その推移を観察していたのである。

「それからは主に勉強内容の復習とかです」
「……ライダー」

問いかけるような視線をこちらに向けてくる士郎。
恐らく何を教えたのか聞きたいのだろうが、あえて首を振る。
聞けば判るだろう。

「どんな内容の知識だったんだ?」
「え……説明するんですか? 長いですよ?」
「いいぞ、話してくれ。何が来ても驚かないから」
「は、はい。では話しますね。
そも魔術とは―――」



―――桜が語ったのは言わば「根源を目指す」魔術師の理論。

「魔術とは根源に至る地図である」と銘打ち、地図を埋めるための情報……
つまり、失われた魔術知識やその根底を成す文書に関しての説明を開始した。

ディーロの前では危険すぎるので、その時は程ほどで打ち切らせたのだが、
一から聞いてみるとその知識の膨大さと広域さには呆れるほどだ。
知識根幹である秘教文書の解説から、ライダーですら理解の及ばない魔術理論や、
失われた秘儀に関する知識、果ては禁呪『固有結界』に関する内容にまで及んだ―――。




「ちょ……ちょっと待ってくれ桜」
「……なので…………え?」

その間およそ一時間。
詳細な内容を省きながら続いていた桜の根源到達論は、
士郎の合いの手によって中断される。

「…………? 何をそんなに驚いているんですか?」
「何をって桜……すまん、流石に驚いた。
固有結界って禁呪だろ。そんな知識を何処で?」
「―――え?」

桜の顔に浮かんでいるのは疑問。
何を言っているんだろうと言う類の表情だ。
その様子に目を見開く士郎。こちらにちらりと視線を向けるが、
ライダーは先を促すように頷いて答える。

「……じゃあ桜は、今日出来た事は以前にも出来ていたって言うのか?
二十体もの使い魔行使を?」
「はい……それが何か……?」
「……じゃあ話した知識も全部知っていたって……?」
「…………?
士郎さん、知らないことを話せるわけが無いですよ?」
「そ、そりゃあそうだけど……」

桜の答えは至ってスムーズ。論法も破綻していない。
その答えにますます困惑する士郎。
ライダーの頭に一つの推論が浮かぶ。これはもしかして……。

「サクラ。一つ質問してもよろしいですか?」
「む……。一つだけですよっ」

口を尖らせてぷいっと横を向いてしまう桜。
まあ許可が下りただけでも良しとしよう。

「今日行われた全ての事柄は当然のように扱えるものだった……
貴方はそういうのですね?」
「……そうよっ。ライダー、からかってるの?」

そう言って怒り出す彼女の気配には、嘘や自己欺瞞など
一切感じられなかった―――。



ライダーと一緒編-Sその10。
桜が語ったのは、明らかに彼女のものではない知識だった。