旅の途中



視界を覆いつくすような、乳白色の霧の中。
その白い闇の中でバゼットは彷徨うように歩いていた。
方向探知のルーンを放っては見たが音沙汰は無い。
先祖頼りの魔術刻印の秘儀にならば
この状況を打破できる何かがあったかもしれないが
それは左腕と共に失って久しい。

『全く……勉強不足も甚だしいな。
戦闘にばかりかまけているから頭が足りなくなる』
事実、バゼット自身の技術と、残った刻印で出来ることといえば
バカの一つ覚えの再生魔術と防御魔術のみ。

打つ手が無ければ動く以外にやることもない。
そうして、歩き始めてどれだけの時間がたったのだろうか。
歩けども歩けども、何処かにたどり着く気配は全くなかった。
そも、これは現実なのか。それすらもあやふやな状況。
だが、それでも歩く。

視界はゼロ。打つ手もゼロ。現在位置も把握できない。
そんな全てが判らない状況でも……
バゼットには一つだけ確信めいた予感があった。
歩くのをやめれば……そこで自分は『終わる』。
理屈ではなく感覚。
それは死というものに近い戦場で生きてきた者だからこそ理解できる
死への直感、だった。

故に当ても無く歩き続けた白い靄の中。
時間間隔も磨耗しきったその果てに……。

「クク………」

―――と。かすかな、笑い声を聞き取った。

それは静寂の世界には似つかわしくない
火のように燃える戦士の笑い声。
アルスターの猛犬、クー・フーリン。その人の声だった。

「ランサー?いるのか?」
きょろきょろと辺りを見回し男の姿を探す。
「さあて。見つけられるか?このオレを」
からかうような男の声。
「言ったな。何としてでも見つけ出してやるぞ、ランサー」
なんだか、とても懐かしく感じるその気配を探りつつ
バゼットは霧の中を一歩、一歩と歩いてゆく。
その声が導く方向に進むにつれ、霧は薄れ
強い光が視界を覆いだす。
進むたびに強く射す光のシャワーを浴びて
たどり着いたそこは一枚の扉を中心とした広場だった。
そして、扉の前に立つ青い長身。ランサーである。

「よお」

少年のように茶目っ気たっぷりに敬礼の仕草をするランサー。
「見つけたぞ。
……なんだか、一仕事終えたかのような明るい顔だな、ランサー」
「…………おいおい。
こっちはとんでもねえイビリ我慢して
マスター様の為にがんばったのによ。
バゼット、覚えてねえのかよ?」
「……何のことだ?」
「……くあ。
……ま、終わったことだしな。
オマエも無事ここにたどり着けたし、これでお役御免ってこった」
そういうとランサーはとびきりの笑顔を浮かべた。
「……ランサー?」
―――それは。寂しい笑顔など似合わない
この男らしい……別れの表情、だった。
「……一緒に……こないのか?」
「ん?
まぁ……もーちょい暴れても良かったけどよ。
どうやらもうお迎えが来てるんだわ」
そう言って指差したランサーの足元は……既に。
白い霧と一体化を始めていた。
「そうか……フフ。別れも慌しい事だな」
「いつも走りっぱなしだからな。その方がオレ達らしいだろ?」
「……違いない。ハハッ」
「クク………ハハハハ!」
二人して―――笑う。


傷つこうが倒れようが。
前を向いて進むことしか出来なかった。
彼らにはきっとそれがお似合いで……
そしてこれからも、そうなのだろう。

クー・フーリン彼女の夢は座に帰る。
だがそれはバゼットにとって、夢の終わりなどではない。
彼女がその脚で走る続ける限り……
いつかきっと。夕日の向こうでまた会える。
だから、振り返ったり立ち止まったりする暇などないのだ。


「…………それじゃあ、ランサー」

だからこれは、終わりではなく新しい始まり。

「おうよ」

ここはゴールへと続く、長い旅の途中だから。
だから今は、その場所で待つ人に、こう言おう。

「行ってきます」


遠いゴールを眩しそうに見据えて。
バゼットはその扉をくぐった―――。



バゼット・ランサー編エピローグ1。
旅の途中。
別れる事よりも出会えた貴方と
言葉を交わせたことがとてもとても嬉しいから。
だからこの先が、如何に苦しい道程であろうとも。
私はこの道を恐れる事はない。

たどり着くその場所が私にとって
何よりも素敵で……大切な場所になることを
知ることが出来たのだから。