英雄:前編


「言峰、貴様――――」

貫いた槍はランサーの心臓を破壊し、その命脈を完全に絶っていた。
「さらばだ。おまえの役目はとうに終わっている」
暗くなっていく視界の隅、見えた神父の顔には
憐憫の情など一切浮かんでいない。
そう、神父にとってランサーは従者でも仲間でも無い。
ただの道具であった。
「っ――――、―――――――――――――」
どさりと。
ランサーの体は地に沈む。
因果の槍はその因果の通り。再び、主の命を絶った。


『―――――――――』
歩み去る靴音が遠くに聞こえる。
耳に走るノイズは誰のものか。
『―――――――――』
そしてそのノイズも途絶え、ランサーの世界に静寂がやってくる。
『―――――――――』
死は目前だ。一度死を迎えたことのある英霊だからこそ。
己の命があとどれほどで尽きるか。心得ていた。
『――――――ならば』
尽きるまでの時間を無駄に使うことはあるまい。


生前、その命が尽き果てる時。
致命傷を負ったクー・フーリンは
立ったまま死ぬ為に己のハラワタを抱え、湖のほとりにある石柱まで歩き
体をそれに縛り付け往生したという逸話がある。

生きしぶとい。それは自他共に認める彼のスキル。否、矜持だ。
たとえ致命傷を負っていようが
やるべきことを放って死ぬことを良しとする考えは
この男の中に一片足りとて、無かった。

指は動く。足も動く。首も動く。そして、目も動く。
かすむ視界に捉えたのは、少女の心臓を引き出さんとする神父の姿。

『ケッ……そいつはな………』

槍を持つ手に力がこもる。

『テメエみてえな下種が触れていい、女じゃねえんだよ―――!』


ザクンッ。


渾身の力で放った槍は。
「――――――――――ぐ」
神父の心臓を貫いていた。


夥しい血液が、神父の口から流れ落ちる。
「―――――――――――」
その表情には感情らしきものは無く、ただ事実だけを見つめていた。
そしてゆっくり。
その事実の行き着く先、己の死をもたらした青い騎士へと振り返る。

「ランサー。貴様」

『ククク……ああ。
そうなっちまえば・・・・・・・・、言うことはそれぐらいしかないよな。元相棒』
吐かれた呪いの言葉はランサーと同じもの。
ようやく一矢報いることが出来た達成感に、口元をゆがめるランサー。
そして、死に体の神父果たされた誓いに対し、皮肉たっぷりに言った。

「……生憎だったな言峰。
この程度でくたばれるんならよ、オレは英雄になんぞなってねえ」

お前が飼っていたのは番犬でも狂犬でもなく。
―――英雄なのだと。
取り戻した矜持の全てを誇りながら……ランサーは言い放った。

ドシュッ。

魔槍を引き抜く。
神父は、死の間際にしてなお輝く英雄の姿を唖然と見ながら……。
―――絶命した。



ランサー編その32。
決着。
誓いは、果たされた。