
決裂
―――探索を終え、たどり着いた城の一室。
「………ラン、サー……?」
眠り姫が目を覚ます。
部屋に侵入した際『ひと悶着』あったが、その音で目を覚ましたのだろう。
気絶していたのか、椅子に縛られ、地に伏した遠坂凛の声は
寝起きのそれと変わらない。
「よう、朝だぜ、起きろぐうたら」
クク、と笑いつつランサーは凛へと近寄っていく。
「え―――な、なんで?ここ、アインツベルンの城よ?」
まるで状況がわからないといった風情でおろおろする凛を
見下ろしつつ、殴られた以外の怪我はないか調べる。
いたって健康。問題なしだ。
「承知している。ああ、いいから動くな。今その手枷を切ってやる。
その後は好きにしろ。広間に行ってバカどもの喧嘩を止めるなり
裏口から帰るのも自由だ」
ブンッ、と風を切り朱色の魔槍を顕現させる。
「そ、それは助かるけど―――ランサー、後ろ……!」
凛の警告に振り返るランサー。
「―――――――な――――――に?」
コツコツと。固い床を蹴るその足音は。
嫌というほど聞き慣れた足音で―――。
「そこまでだランサー。協力しろとは言ったが
深入りしろとは言わなかったぞ」
……そこには。
現れないはずの黒が、立っていた。
「――――綺礼!?」
「……おい。いつから宗旨替えしやがったんだ、おまえ。
オレのマスターは表には出てこないのが身上だったんじゃなかったか?」
「変えるような宗旨などない。そう言うおまえこそ命令違反だぞランサー。
アーチャーの始末を命じたはずだが、仕損じたか?」
「――−ふん。アレは放っといても自滅する。
その前に遣り残した仕事を片付けにきたんだが―――
お前がここにいる、という事は、」
壁際で唸っているライダーのマスターに視線をやる。
「そのガキはおまえの差し金か?」
「人聞きが悪いな。彼とは協力関係だ。聖杯を手に入れる為
共に認め合った仲だが」
そうして二、三言。言峰は凛と言葉を交わし。
―――笑う。
その笑みは、破滅でしか愉悦を感じない男ゆえに……
意味する内容は一つだけ。
「………待てよ言峰。その女をどうするつもりだ。
教え子を助けたい、といったお前の言葉は嘘だったのか」
凛を守るように立ち、マスターを睨みつけるランサー。
「嘘なものか。彼女はここまで育てた大切な駒だ。
十年にわたり欺き続けたのだから、そう簡単にリタイヤされてはつまらん。
故に、おまえに警護を任せたのだ。わずか二日ばかりの延命だったが
親心としては十分すぎるのではないかな」
その笑みを崩す事無く、神父は裏切りの事実を傲然と言い放つ。
そして、神父はランサーとすれ違う。
神父はこれから■ろす者を見下ろし、欺瞞に満ちたその在り方を説く。
その在り方は、何処までも彼の生き方とは相反し。
その理は、どこまでも彼の誇りと相反し。
その方針は、どこまでも彼の矜持と相反した。
―――故に。
「そのゴミを始末しろランサー。器に心臓は要らん」
二度目のその言葉に。従う義理など何処にもなかった。
ランサー編その30。
黒の倫理。
その人生は欺瞞で出来ていた。
故に彼にとっての倫理は
仲間の為に全てを払う青の矜持とは一切の接点を持たず。
偽りの主従は、ここにその契りを破棄する。