因果


主を失い、静寂に包まれた森はまるで死の森のよう。
墓場のようなその森を行く3人。目指す城は樹影の彼方に見えている。

城が近づくにつれ目前を行く少年と少女の口から言葉は消えていった。
それは来るべき戦いに対しての恐れ、ではない事は
なんとなく感じられた。
少年と少女はアーチャーという男に対し
なにやら因縁浅からぬものがあるようだ。
成すべき願い以上に……その身を縛る因縁。
『…………因果だな』
ランサーは音もなく嘆息する。
目的は違えど、彼ら三人はたしかに同じものを抱えていた。


そうして辿りついた戦地。
まるで墓標の様に瓦礫の陳列する大広間にて……弓兵は待っていた。
「来たか。随分と遅い到着だな、衛宮士郎」
墓場の主は酷く冷め切った声で、来訪者にそう告げた。

少年は何事かを弓兵に問う。
弓兵は冷めた声でそれに答える。
その問答は弓兵の正体の証明に他ならず。
そこから導き出された答えは………
弓兵と少年が、同一人物だというものだった。
『………フン』
随分とまあ、特異な事も起こるものだ。
目前の少年を見て、階上の弓兵を見る。
なるほど、確かに二人の面立ちは似ていた。

「アーチャー。遠坂はどうした」
「あの小娘なら城のどこかに置いてきたが、気に病むのなら急げ。
お前が来るのが遅いのでな、先に来た間桐慎二にくれてやったところだ」
「な―――んだと」
「おまえとの約束は守っている。オレは手出しはせん。
他の人間が彼女に何をしようが、オレには関わりのない事だ」
そうして弓兵はクッ、と笑い。
「まあ、結果は見えているがな。
間桐慎二は遠坂凛に情欲と敵愾を抱いている。
アレに凛を預ければどうなるかは考えるまでもない。
凛に挑発された小僧は我慢できずに口火を切り
今頃は死姦の真っ最中かもしれんぞ」
「―――――――――!」
少年の体が振るえ、その体に怒気が立ち上る。

ランサーは再び嘆息する。なるほど、こいつが奴の手か。
さすがに他人事ともなると冷静に観察できるが
弓兵の戯言は恐ろしく巧妙で、その全てには必ず意味がある。
この場合は衛宮士郎の激昂を誘い、己の目的の完遂をより確実にする為。
ランサーの場合は頭に血を上らせ、攻撃パターンを単調化し
生存率をあげるという意味合い。
まったく、大した策士である。

「あー、焦るな坊主。あのお嬢ちゃんならオレに任せろ。
なに、すぐに助け出してやる」
「え……ランサー?」
「マスターからの命令でな。もとから、オレはあのお嬢ちゃんを
死なせない為に協力したワケだ。
……いや、これが思いの他居心地が良くてな。昨日のは悪くなかった。
自分の仕事を気に入れるってのは、オレにとっては珍しい」
生前、そして召還後においても
満足のいく戦いが出来たことは少ないランサー。
彼は常に不利な戦況か、もしくは納得の行かない命令で
働かされることが多かった。
少年と赤い少女と合流してからの日々は
彼にしてはずいぶんと充実した時間であったといえよう。
ランサーはアーチャーを無視し、西側のテラスへと向かっていく。
「ランサー」
「気にするな。これはあくまでオレの趣味だ。
……ま、今までいけすかねえ命令ばっかりだったからな、
この命令は最後まで守り抜く。
そっちはそっちで、自分の面倒だけみてやがれ」
「――――ああ。遠坂を頼む」
「あいよ」

『ああ、悪くねえ』
少年の信頼の一言にひらひらと手を振って答え、
従者よろしく姫を奪還せんとランサーは歩き出す。
が、動くはずの本来の従者がいつまでたってもついて来ない。
ランサーはその足を止め、セイバーに声をかける。
「おい。なにしてんだセイバー。オマエも来るんだよ」
「―――――――――」
主の為に動くのは当然だ、と告げるランサーの問いに対し
セイバーは逡巡するように目を細め……。
「いいえ。私はここに残ります、ランサー」
と、従者にあるまじき答えを返した。
「本気か?今のマスターはお嬢ちゃんだろう。
おまえが守るべきはマスターだけの筈だが」
「わかっています。ですが、それでも私はここに残りたい。
……私は、この戦いを見守らなければ」

「――――――」
既に。
切れてしまった主との…かけがえのない絆を。
この金髪の騎士は、重んじた。
『………全く持って……因果だな』
ならば……ランサーにはもう、言うべき言葉はなかった。

「――――――そうかよ。なら好きにしな」
鮭飛びの術を使って二階のテラスへと跳躍。
そのまま弓兵がいる階上の廊下をすり抜ける。
弓兵は手出しをしなかった。
無論。ランサーも手出しなどしない。
そう、両者ともに戦う理由はもう、何処にもなかった。


―――弓兵にとっての願いは今、目前にある。

―――ランサーにとって
どちらが生き残ろうが既に敵にはなりえない。
騎士は主を持たず。
少年は主にはもう戻れない。


だからこの戦いの決着は、ランサーにはどうでもいいことだった。
強いて言うならば両者共倒れで、連れ戻した凛を泣かせるなよ、
程度にしか思ってはいない。
「さて………」
道行く途上、ランサーは崩れた壁から小石を抜き取り
それにルーンを刻んだ。
”ベルカナ”のルーン。探索、追跡を主とする力ある印。
小石は意思あるもののようにこの手を離れ、地を走る。
ルーンの示す先にいるだろう凛を目指し
ランサーは駆け出した。



ランサー編その29。
因果の流れは奇しくも
この戦いの場に主無き者達を集めた。
―――誰が為にその刃は振るわれるのか。
それぞれがその想いの帰結を求めて。
戦いは始まった。