成長


満身創痍であった衛宮士郎は家に着くと同時に倒れこみ
深い眠りに付いた。
手を貸そうかというランサーの申し出をセイバーは頑として断り
やんわりと敷地の外へ出て行けとランサーに伝え、
(その目は”出て行かねばここが貴方の死地になりますよ”と語っていた)
そのまま主の枕元から動かない。

それから半日。真夜中である。
やることもなく、樹上から月でも眺めていたランサーは
衛宮邸から出てくる二人の姿を察知した。
「やれやれ。ずいぶんと待たせてくれたな」
そうして目下の二人は門へと歩いていき。

―――そのまま歩き去ってゆく。

「おいおいおいっ!」
慌てて二人の後を追うランサー。
「―――おい、オマエら、人の話聞いてねえだろ」
「え?」「は?」
振り返ったその顔は驚きの表情。
『完全に忘れてやがったなこいつら……』
あまりのことに眩暈を感じて、しかめっつらになるランサー。
「……なんだ。案外暇なんだな、アンタ」
「…………」
……言うに事欠いてそれか。
だが月を見て暇を潰していた男には反論の余地はなかった。
「ランサー。貴方が何を企んでいるかは知りませんが
私たちに同行しても得るものはありません。
アーチャーは既にマスターを持たないサーヴァント。
貴方のマスターが倒したがるとは思えませんが」

少女の意見は尤もである。
彼のマスターの思惑では既に弓兵は存在しないコマのはずだ。
それを独断で見逃し、今現在こうして要らぬ手間を抱えている今
なるほど、我がマスターはたいした策士なのだな、と
改めてランサーは実感するのだった。

「ああ、判ってる判ってる。
別にアーチャーのヤロウをどうこうしようって気はねえ。
坊主とヤツの殺し合いにも手はださねえから安心しろ」
「では何の為に付いてこようというのです。
私との決着を望むのなら、ここでつけても構いませんが」
「いや、それも願い下げだな。
オレは貴様のマスターと敵対する気はない。むしろ売りたいのは恩でね。
ここらで貸しを作っておこう、とそういうハラだ」
睨みつけてくる金髪の少女の視線を軽く受け流すランサー。
しばらく考えていた少年は口を開く。
「―――判った、好きにしろ」
その言葉に金髪の騎士は猛然と抗議を開始するが
少年はランサーの性向、そして行動を熟知した妥協案を
少女に対し次々と提示していく。

『―――ほう』
その観察眼に舌を巻くランサー。
彼とランサーが共に在った時間は一日にも満たないというのに。

「―――ま、そういう事だランサー。俺たちもアンタには関与しないから
アンタも俺たちには口を出さない。それでいいなら一緒に行こう」

少年の意見にすっかりやり込められた少女は意気消沈だ。
ランサーは内心、少年に対し賛辞の拍手を送りたい気分であった。
初手、剣を合わせて感じた勘は外れてはいなかったようである。
少年はこの戦いの中でたくましく成長している―――。

「十分だ。いや、いいコンビじゃねえか。
セイバーは見ての通り融通がきかないからな。
オマエが大人になってくれて助かったぜ」
じと目で少女を見るランサー。その視線の意味に気が付いたのか
少女はランサーに対し抗議を開始する。
それに対し挑発気味の合いの手を入れると少女は判りやすく怒る。
つくづくからかわれる事になれていないのだろう。実に楽しい。
「―――まあいいか。
それより行くぞ。遊んでる暇はないんだ、出来るだけ早く
城に行かなくちゃいけないんだからな」
そうしてずんずんと歩き出す少年。
「シ、シロウ……!私は遊んでいる訳ではありませんっ」
怒鳴りながら慌てて追いかける少女。

『クク……すっかりリードされてんじゃねぇか。セイバーよ』
初戦では助けられるだけだった少年。
今は威風堂々。少女を従えるまでに成長した。
その歩みは力強く。目指す城をも飛び越えて行きそうな気配だ。

―――なんとなく。
成長した少年と殺りあえないのが残念だな、と。
詮無い事を考えながら―――。

ランサーは二人の後を追うのだった。



ランサー編その28。
真夜中に始まった行軍は暁を目指し
再びランサーを朽ちた城へと誘う。
―――目指すはアインツベルン城。
白い魔術師の夢の跡にて。
夢に朽ちた騎士は、夢を追う少年を待っている。