約束


「お。事は済んだみたいだな、坊主」
「―――――!」
ランサーの姿を視認して身構えるセイバー。
少年に肩を貸しながらも
その気迫は今にもランサーに斬りかからんばかり。
「……いや、違うんだセイバー。
あいつは、俺たちの手助けを、してくれた」
「は……?ランサーがシロウに協力したというのですか?」
「……ああ、そうだ。
……できれば、今は戦わないで、くれ」
満身創痍の主の言葉に絶句するセイバー。
それでもランサーに対する警戒を緩めようとせず
その表情は訝しげなまま。
主を庇うその手はより強く、仇名す全てを許さんと主張していた。
その様に思わずランサーは苦笑してしまう。
「それは判りましたが……何故ですランサー。
貴方がシロウたちに協力するなど、何か企みがあるのですか」
「あ?なんだ、バカだろおまえ。
んなもの有るに決まってんじゃねえか。
裏で企んでなきゃ余所の手助けなんてするか」

―――まあ企むのはマスターの仕事なワケだが。

その言葉に目を白黒させながら再び絶句するセイバー。
恐らくはここまでストレートに罵倒された経験がないのだろう。
『まあ育ちが良さそうだからな。クク』
剣呑なその視線を気持ちよく受け流すランサー。
「……は」
「む。何がおかしいのです、シロウ」
「え……いま笑ってたか、俺……?」
「ええ、笑っていました。どうやら私の思い違いだったようですね。
笑みがこぼれるほど元気があるのなら
この肩を貸すまでもなかったようですが」
ぷい、と拗ねた様に顔をそらすセイバー。
それに今度は少年が目を白黒させる番だ。
だが言葉とは裏腹に
セイバーは主を支えるその手の力を緩めようとはしない。
…どうにもこうにも、仲が良くてうらやましいことだ。
「……悪い、気が緩んだみたいだ。
今は、そんな場合じゃなかったな」
「―――はい。凛を取り戻すにしても、今は休まなければ。
……ランサー。何が目的かは知らぬが、もはや用は済んだのだろう。
ならば去れ。私も今は貴方と戦わない」
一転、凛とした様でランサーにそう告げると
セイバーは主を気遣いながら広場へと降りてゆく。

『……なに?』
傍と見渡したこの場には……凛とアーチャーの姿がない。
「……?
おい、万事首尾よくいった―――って訳じゃなさそうだな。
何が起きたんだ、坊主」
気持ち悪いものを感じて少年に尋ねるランサー。

「遠坂がアーチャーに連れて行かれた。
これから取り戻しに行くだけだ」

その答えは。予想もしないものだった。

「……なに?
おい待て、そりゃあどういう事だ」
「――――――」
目の前を通り過ぎてゆく二人。
少年は答えるのも辛そうにその質問を無視した。
そう、既に彼らは敵同士。この質問に答える義理など少年にはない。
だがそれでも。この気持ち悪い『何か』は捨て置けない。
いつまでも去らないランサーの気配に呆れたのか。
セイバーは振り返りこう告げた。

「アーチャーの目的はシロウを殺す事です。
その為に私のマスターとなった凛を攫い、交換条件として
シロウに一騎打ちを命じました。
一日中にアーチャーの元に行かなければ
凛の安全は保証しないそうです」

『――――――』
それは。
繰り返された裏切りの事実だった。

「――――ヤロウ。
やりやがったな」
奥歯が砕けんばかりにランサーは歯噛みをする。
「……ランサー?」
その様にセイバーは驚いたように目を見開く。
「つまりアレか。
あのヤロウ、一度ならず二度までお嬢ちゃんを
裏切ったってワケか」
「え……ええ、そういう事になりますが、それがどうしたと……?」
「―――どうしたじゃねえ」

コレは。自分のミスだった。
なんという甘さ。
なんという短慮。
約束したではないか。
土下座をして……謝らせると。
それをバカ正直に、赤い騎士の行動を信じた。
凛を笑うことなど出来ない。
自分も。度し難いほどの『甘ちゃん』だった。

「……クソ、気が変わった。
手助けするのはこれっきりだったがな、もう少し付き合わせろ。
このままじゃ寝覚めが悪い」

そういってランサーは歩き出す。
苦々しい表情で近づくランサーを言葉もなく見つめるセイバー。
「……まいった。シロウと凛はどんな魔術を使って
彼を味方に引き入れたのです」
呆然と呟くその声が灰色の空に消えていく。

『は、魔術?
そんなもの必要があるか』
とった行動の責任を取るのは当たり前の事だ。
そしてソレ以上に。
惚れた女を守るのは。彼にとってアタリマエの事だった。

『だから嬢ちゃんを救うのはオレの仕事。
そして交わした約束を守るのは……
オレの矜持だ』


ランサー編その27。
守れなかった約束を果たすため。
ランサーは今一度、少年に同行する。
ランサー最後の戦いが、今始まろうとしていた。