策士


「――――驚いたな。
アイアスを貫通しうる槍がこの世にあろうとは。
君のそれは、オリジナルの”大神宣言”を上回っている」

塵風収まり、戦場には立つ影二つ。
無傷の青い槍兵と満身創痍の赤い弓兵。
アーチャーの傷は重症である。腕はいまにも千切れそうなほど
力なく垂れ下がり、その表情は苦痛にゆがみ、想像を絶する
頭痛に耐えている。
―――だが。それでもアーチャーの顔には笑みが浮かんでいた。
対するランサーの顔は鬼の形相。その視線を真っ向から
受けようものならばそれだけで心臓をも止めかねない。
両者はそのダメージにおいて歴然とした
決着がついていたが……その心中は裏腹である。

ランサーの中には己の全てをかけた一撃が防ぎきられたという
苦い敗北感と、烈火の如き怒りがあった。
自身に対する怒り―――。
この戦いはサーヴァントとしての戦いのみならず
英雄としての矜持をかけたものでもあった。
それに後れを取ったのだ。これほどの屈辱はあるまい。
その身を烈火の炎で百度焼いたとしてもなお余りある
屈辱と怒りであった。

だがランサーも戦士である。
目前に倒すべき敵がいる状態で怒りに身を任せて
前後不覚になる事などありえない。
その思考は目前の弓兵へと注がれる。

「貴様―――何者だ」

何処の英雄とも知れず、弓兵でありながら双剣を持ち、そして今
ランサー最強の一撃を防ぐほどの盾さえ見せた。
それは異常だ。
そのような英雄、この世のどこを探しても見あたるまい。

「ただの弓兵だが。君の見立ては間違いではない」
「戯れ言を。弓兵が宝具を防ぐほどの盾を持つものか」
「場合によっては持つだろう。
だが、それもこの様だ。魔力の大部分を消費したというのに
片腕を潰され、アイアスも完全に破壊された。
……まったく、私が持ち得る最強の守りだったのだがな、今のは」

軽口を叩き続けるアーチャーをランサーは睨みつける。
だが、ランサーの中に、以前のようなこの男への嫌悪はもうなかった。

先ほどの一撃は紛れも無くランサーの全てだった。
友を殺め、子を殺め、自身を殺め、その果てに守りぬいた
自身の矜持の全て。
彼の生き方そのもの。

それが、防がれた。

―――もう認めないわけにはいかなかった。
目前の騎士は持っているのだ。
このクー・フーリンが背負ってきた誇りの全てと、同じだけの
―――矜持を。

「それより気づいたかランサー。
キャスターめ、存外に苦戦していると見える。
こちらに向けられていた監視が止まった」
両手をあげ、降参するかのようにアーチャーは付け足した。

―――こいつ。
ランサーは嘆息する。また随分と踊らされたものだ。
敵として立ちはだかるキャスターはその貯蔵魔力、持ち手共に強大。
ならば内に入り、確実に敵を倒せる隙を窺う……か。
『オレとの派手な一騎打ちを演出するのも、また油断を誘う為。
相手の力量を見誤って防ぎきれないダメージは御愛嬌ってトコか?』
アーチャーは初戦において既にランサーの正体に感づいていた。
ならば、己が持つ『アイアスの守り』にかけて。
ランサーを挑発し、この戦いを演出することも計算のうち……か。
初戦で感じた目前の兵士の老獪さと忠誠。
どうしても解せなかったこの行動の真意が今、理解できた。

「……そうかよ。そうじゃねえかと思ったけどな。
テメエ、もとからそういうハラか」
「無論だ。言っただろう。勝率の高い手段だけをとる、と」
「―――ふん。とことん気に食わねえヤロウだな、テメエ」

苦々しげに言って、ランサーはアーチャーに背を向ける。
裏切りは許せない行為だ。
だが、主の為。
対等と認めた男が出した答えがこれならば………
それが曲がっていようと、信じるには値するはずだ。

弟子を助けたいという主人の命令は終えた。
弓兵も生きている。これ以上遠坂凛に肩入れする必要はあるまい。

ランサーは主人の下へと戻ろうと踵を返し、そのまま―――

もうしばらくだけ様子を見よう、と草むらに体を預けていた。


ランサー編その26。
戦上手。
大局的な視野から見た弓兵の戦争は
最終的な勝利を掴む為に多少の犠牲は覚悟するという
彼の生き方そのものであった。
相容れないものを感じながらも認めた敵のやり方は
戦で勝つ為には確かに必要な非情さでもある。
ランサーはそのあり方を信じて主人を救いに行く弓兵を見送る。
―――だが。
この時のランサーは気が付かなかった。
弓兵の戦争はランサーと同じように。
聖杯を求める為の戦いではないということに……。