Interlude:英雄の証


誇り高い英雄の話をしよう。

クー・フーリンは生涯不敗であった。
それは、目前に立ちふさがるありとあらゆる敵を
倒してきたということ。
それが我が子や、無二の友であったとしても。


強欲なる女王メーヴの仕掛けたコナハトとアルスターの戦争。
”大衰弱”と呼ばれる呪いによって誰一人動けなくなった
アルスターの戦士の代わりにクー・フーリンは
御者の王ロイグと共に孤軍奮闘、戦い続けることになる。

闘神の如き戦いを見せるクー・フーリンを恐れた女王メーヴは
クー・フーリンを買収しようとありとあらゆる褒美を約束するが
彼はそれを一笑に付し
『一騎打ちをしている間だけオマエの軍隊の行軍を許し
ソレ以上コナハトの軍隊に攻撃は加えない』
というゲッシュを結ぶ。
メーブは苦々しくもコレを受け入れ
クー・フーリンはコナハトの猛者達と一騎打ちを
することになった。
アルスター峡谷に横たわる浅瀬に陣取り
ありとあらゆる猛者を傷だらけになりながらも退け、
その果てに。
義兄弟でもあり、親友でもあるフェルディアとの
闘いに臨む事となった。

フェルディアは
クー・フーリンの師でもある偉大なる戦士スカサハの元で
共に技を磨いた兄弟弟子でもある。
その技はクー・フーリンに勝るとも劣らない。

「とうとう来たか。フェルディア。
兄と信じたオマエなのに」
「来ないわけがない。俺は他の者と同じコナハトの戦士だぞ」
「ああ、だが師の元で武芸を学んでいた時は
オレ達はどんな時でも肩を並べ、共に戦った。
日が暮れれば共に食事をし、杯を分け合い
一つ寝床で眠りを分け合った。違うか?」
「俺たちの友情の事はもう言うな!
全部忘れるんだ!そんなものはもう無用だ!
聞こえたか、”アルスターの猛犬”。もう、無用だ!」

二人は戦いの前にそれぞれ何で戦うかを選び
その技を競い合った。
一日の戦いが終わると二人は互いに傷の手当てをし
食料を分け合い、二つの戦車の間に敷物を広げ一緒に眠った。

二日目も同じように互いの技量を確かめ合い
少年の頃そうだったように一枚の掛け布にもぐって眠った。

翌朝。クー・フーリンは堪えていたものをぶちまけるように
フェルディアの肩を掴んで言った。
「何故だフェルディア!
あんな女の為に何故オレとの戦いを請合った!?
あの女が褒美を約束したのはオマエだけじゃない、
自分の戦士の半分を褒美で釣ろうとしていたんだ!
この浅瀬を明け渡す代わりに、このオレさえ釣ろうとしたくらいだ!」
「褒美とはコノハトの世継ぎの姫の事か?王位の事か?」
フェルディアは苦々しく答えた。
「俺はそんなものなど、気にかけたこともない!
だが、お前との戦いに望まなければ
ロスコモンどころか、コナハト全土で俺は恥を受けただろう。
あの女は俺の名誉を未来永劫貶めてやると誓ったんだ!
「それじゃあオマエはオレより自分の名誉を選んだんだな」

二人の戦いは無言だった。
その日、二人は別の場所で眠り
次の朝、フェルディアは今日こそ決着はつくだろうと確信した。
何故なら……今日こそはクー・フーリンが魔の槍”ゲイボルク”を
使うと、予想したからだ。

「今日使うのは、どの武器だ?」
クー・フーリンは呼びかける。
「それなら、なんでもありにしよう」
フェルディアは答える。

戦いは続き
一瞬の隙を突かれクー・フーリンは大怪我を負わされてしまう。
一方的な展開になるかと思われたとき、クー・フーリンは
ゲイボルクを使うことを決意する。
ゲイボルクはその力を発揮し、フェルディアの心臓を破壊した。
「無念だ!俺の死はお前のものだ、クー・フーリン。
俺の弟……お前の勝ちだ!」

クー・フーリンは深く嘆き悲しんだ。
けれど、それよりも捨てられない、守らねばならないものがあった。
それが矜持であり、愛する国を守るという戦士の誇り。
それを穢すと誓った女王はフェルディアから魂を奪ったも同然だったのだ。
それが理解できたからこそ……クー・フーリンはなお
敗北するわけには行かなかった。
その立場が同じであっても、きっと同じ道を選ぶ。

戦士はいつだって何かを守る為に剣を取る。
その結果、失うものが如何に大きく、膝を折ることがあったとしても。
歯を食いしばって、また立ち上がる。
それが英雄の証であり、彼らが選んだ夢のあり方なのだ。
そしてクー・フーリンは最後の時まで
国の為に、愛する者の為に戦い続けた。

その最後が、ただ一人。
敵のただ中で己の槍に串刺しにされ滅ぶ
報われないものだったとしても。

それでも、クー・フーリンは満足だったのだ。
その結果、アルスターは救われたのだから。


英雄はいつだって己が夢のために死す。
だがそれは自己満足のためなどでは決して無い。
大切な何かを。国を、人を、誰かを守る為。
その想いが、軽いわけがない。

だから。
英雄は矜持を何よりも重んずる。
己が生きてきた証を、大切な人の記憶を。
誇り、尊ぶ為に。



ランサー編その25。
Interludeその2。
ある英雄の話。
ローズマリー サトクリフ著、
炎の戦士クーフリンより一部抜粋。



■クー・フーリンという英雄が生きた古アイルランドの世界観について
ちこっと説明。

■古アイルランドの伝承は人と神の領域がおっそろしく近くて
王様は神様の孫とか子息だったりすることが多々あります。
クー・フーリン自身も父親に太陽神ルグを持つ
神族に数えられます。
けれどもそれが信仰とかの対象になるかというと
そんなことは全然なくて、神様の子であると言うのに
フツーに育てられ一戦士として成人することになります。
彼の名前も刀鍛冶のクランが飼っていた猟犬を少年の身で
ありながら素手でひねり殺した事から
アルスターを守る番犬『クランの猛犬』(クー・フーリン)
なんつーつけられ方してるしw。(幼名はセタンタ。
またここでのセタンタ少年の犬に対する義理の立て方が
気持ちがいいんだ)
そんな背景があるもんで、古アイルランド社会は身分や血統よりも
力や名声、そして矜持が重く見られ、
強き戦士を中心とした義侠の社会であったといえます。

■もちろん戦士として生まれたからには英雄として名を残す
という考え方は誰もが持ちうるものだと思いますが
この時代には実は文字というものがなく、英雄たちは
吟遊詩人の詩によりその功績を語り継がれていきます。

ゆえにフェルディアがメーブに『名誉を汚す』と誓われる、ということは
吟遊詩人たちに後世まで不名誉な者であった、と
語り継がせるぞ、というものだったんですね。
それは己という存在が歴史の遥か後まで
永久に恥知らずとして語られるということ。
それは戦士にとってどれだけ屈辱的なことだったでしょうね。

クー・フーリンもこの吟遊詩人を逆手に取った
卑劣なやり口で最後には滅ぼされています。