意思の激突
残像さえ遥か。ランサーは突風となってアーチャーへと疾駆する。
彼我の距離およそ百メートル。
無論、それは槍を振るうための距離ではない。
ゲイボルクは短い槍だ。
その長さは5尺と少し。槍としては半端な長さである。
馬上にいる敵を貫き殺す為にはあと半尺ほどの長さが欲しい。
必中を期するならば十字槍のように穂先に工夫を加えるべきだ。
だが、ゲイボルクはそのどれにも特化してはいない。
当然である。
その槍は本来”投げて使うもの”なのだから。
ダンッ!
ランサーの体が宙を舞う。
50メートルもの助走を経たその跳躍は
今までランサーが見せたどの跳躍よりも高く、強い。
―――ぎしり。
空間が軋みを上げる。
込められた魔力が、開放の言葉を待ち望む。
『食らい尽くすがいい。目前の敵の魂を―――!』
「
紡がれる言葉に因果の槍が呼応する。
青い槍兵は弓を引き絞るように上体を反らし
「
怒号と共にその一撃を叩き下ろした―――
―――キュゴウッ!
滅びの魔弾が弓兵へと迫る。
防げない、かわせない。
その槍は確実に相手を貫き、破壊する。
「―――
―――その、はずだった。
天空より飛来した破滅の一刺しが、赤い騎士へと直撃する刹那、
「”
男の口から、真名が展開された。
ゴバアアアアン!キィィィィン!
塵風を巻き起こし、激突する槍と盾。
因果を狂わせ、ありとあらゆる防御を突破する死の槍。
だが、それは七つの花弁を持つ盾に止められていた。
『馬鹿な……!?』
槍と盾が交錯するその時間は一瞬。
地に降り立つまでの刹那、ランサーはその目を驚愕に見開く。
―――それはまさに矛盾―――
”弓兵がこの槍を止める。
それはあってはならないことだ。”
バシュウ!バシュウ!
それでも槍の勢いは止まらない。
弓兵の心臓を貫かんと七葉の花弁を散華させてゆく。
”なぜならそれはランサーの全て。
この一撃にかけた意思こそ英雄たる誇りの全て。
止められるわけがないのだ。
誇りなき英雄などには…!”
「ぬ――――ぬああああああああ………!!!」
だが。七枚目の花弁を打ち砕かんとするその刹那。
滅ぼされるわけにはいかぬと、死力を振り絞る弓兵のなかにみえたのは……
狂った英雄の面立ちなどでは、決してなかった。
それはランサーとは異なる理を持った男の顔。
ただひたすらに何かを追い求め、その果てにたどり着いた
夢の形。
曲げられぬ思いを、変わらぬ意思を。
生きてきた道程を尊ぶ事を
人は”矜持”と呼ぶ。
もし。
赤い騎士がこの槍を止めうるならば。
その思いは……”矜持”は。
この身に宿る誇りと同等のものという事。
『―――ならば。なおのこと負けられぬ!』
槍を止めんと弓兵の魔力で赤く輝く最後の花弁は
その意思の光。矜持の証。
その前に落とされる誇りならば我が身に英雄の資格など無い。
『貫け、ゲイボルクよ……!
この身と共に戦地を駆け抜けたその力を、不敗の英雄のその証を!
今こそ我が前に示すがいい!』
パキィィィィン!
七枚目の花弁が崩壊する音と共に……
視界は塵風に閉ざされた。
ランサー編その24。
VSアーチャー編その3。
たとえその夢が見えなくなっても
生きてきた道程、その矜持までもが
その体から失われるわけではない。
無意識の中、折れない心、立ち上がる力は
貫いてきた生き方から生まれるモノだからだ。
ゆえに二人は激突する。
その矜持、誇りの全てが間違いではないと。
それを己自身に……証明する為に。