誇り無き者


ザッ。

開いた間合いは5メートル弱、一瞬で詰められる距離だ。
だがランサーはその場から動かず、槍を構えなおす。

「―――解せんな」

突如として静の状態へと戻ったランサーをいぶかしげに見つめる弓兵。
その眼光には一切の隙はない。

そう、赤い騎士には隙が無かった。
戦いにおいて一切の妥協が無い。慢心も無い。
己を知り敵を知り、万全を尽くす。
勝つ為ならばあらゆる手段を講じる。

「貴様、これだけの腕を持っていながらキャスターに就いたのか。
貴様と凛ならば。キャスターになぞ遅れは取るまい」

ランサーの言葉はまぎれもない賞賛。
そう、弓兵は強かった。
―――だが。
「―――驚いたな。
何を言い出すかと思えば、まだそんなことを口にするのか。
ランサー、私は少しでも勝算の高い手段をとっただけだ。
凛がどう思おうと、私はこれ以外の手段は無いと判断した」
自信に満ちた声に罪悪感など無い。
赤い騎士は真実、主を裏切ったことを悔いてはいなかった。
「そうかよ。訊ねたオレが馬鹿だったぜ」
まったくだ、と、赤い騎士は同意する。
「………は」
つまらなげに、嘆息一つ。
ランサーは静かに槍の穂先を上げる。
「たしかにオマエは戦上手だ。そのオマエがとった手段ならば
せいぜい上手く立ち回るだろう。
―――だが、それは王道ではない。
貴様の剣には、決定的に誇りが欠けている」

折角得られた全力の戦。
だが、その相手はランサーにとってつまらない相手だったようだ。
ならばこれ以上の戦いに意味などあるまい。
槍兵の体から闘気が立ち上る。
目前の『いしころ』を、除ける為に。

「クク……」
全ての生物を死に至らしめるであろう闘気を受けてなお
弓兵は愉快げに笑う。
「ああ、あいにく誇りなどない身だからな。
だがそれがどうした。英雄としての名が汚れる?
は、笑わせないでくれよランサー。汚れなど成果で洗い流せる」
皮肉げな。それは自嘲すら含めた響き。
その響きは弓兵をここまで歪ませた何かを
ランサーに感じさせたが―――。

「そんな余分なプライドはな、そこいらの狗にでも食わせてしまえ」

そのあからさまな挑発は。
ランサーの思慮のすべてを、停滞させた。


―――オオン。


わずかに弛緩していた空気が、凍りつく。
世界の調律を乱す魔力、因果を狂わせる魔槍が鎌首を起こしてゆく。
大気が、木々が。一人の怒れる英雄に、慄いている。


「狗といったな、アーチャー」

「事実だ、クー・フーリン。
英雄の誇りなど持っているのなら、今のうちに捨てておけ」

「――――よく言った。ならば、オマエが先に逝け」


バシュッ!……タッ。


ランサーは広間の入り口まで跳び退き、そこで獣のように
大地に四肢をつく。
距離にして百メートル以上。それは明らかに槍の間合いではなかった。
「――――――」
弓兵の体が硬直する。
凝視するランサーの視線は目標を『石ころ』などとは捉えていなかった。
あってもなくてもどうでもいいものではない。

消去すべき害虫。消し去るべきもの。

そう、次に繰り出すその技は、文字通り対象を『消去』する一撃だ。

「――――オレの槍の能力は聞いているな、アーチャー」

地面に四肢をついたランサーの腰が上がる。
その姿は、号砲を待つスプリンターのようだ。

「――――――」

弓兵は答えない。
双剣を捨て、集中を開始する。
なにかを、するつもりらしい

だが。無駄なことだ。何故ならこの一撃は決して外れない。
それが”死棘の槍”ゲイボルク。因果を狂わせる魔槍の能力だ。
ゆえに。

「―――行くぞ。この一撃、手向けとして受け取るがいい……!」

青い豹が走る。
敵の存在を、破壊する為に。


ランサー編23。
VSアーチャー編2。
矜持や情を捨てて目的の為に生きる。
そんな生に何の意味がある?
そんな在り方にどれほどの価値がある?
体は滅び、ここにある我が身は魂の残滓に過ぎなくとも。
”ソレ”を捨ててしまった魂などに、願いを求める価値などあるものか。
ゆえに。
誇りも矜持も失い、何も守れなくなった狂った英雄を。
ランサーは絶対に許せない。

己の矜持を蔑ろにする夢から逃げ出す臆病者が、誇りある者を穢すな!