感化


サーヴァントが何故最強なのか。
それは彼らがひとつの例外もなく”超人”だからであろう。
人の理を超え、伝説に名を残す勇者”英雄”。
「これほどの槍の使い手」とアーチャー自身も称したその技は、
圧倒的な力を持って、赤い騎士の身に降りかかっていた。

………ッギィン!

衝撃よりも遅く音が来る。
音の壁を貫いた衝撃が赤い騎士の体を揺さぶる。
ランサー自身もその衝撃を身に受けているが
自らの技を御しきれない者を英雄とは呼ばない。
ランサーは音速の槍技を完全にコントロールしていた。

「っ……!」
赤い騎士から苦悶の声が漏れる。
いかな英雄とて視認ギリギリの超高速の刺突を
いつまでも防げるものではない。
あの日は防ぎきられた。だが今日は防げない。
何故ならランサーには枷がない。

言峰の発した命令は”アーチャーの殺害”。
それはランサー自身にかけられた制約の解除をも意味する。
彼の前に二度目は無いのだ。

―――だが。

目前の赤い騎士は本気になったランサーの技をなお防いでいた。

全てが殺し技と言う苛烈な攻めを一切緩める事無く
ランサーは思考する。
弓兵と槍兵。白兵戦闘においてどちらが強いかなど言わずと知れたことだ。
それでもなお、弓兵を倒せない。

―――ヤツが強いのか、それともオレが手を抜いているのか。

手を抜いているわけは無い。
喉、眉間、心臓、鳩尾。人体の急所という急所、貫けば即死するであろう
箇所を攻めるランサーの槍技に迷いなどなかった。
ならば何故倒せない?

『おいおい……』
答えは明確。
サーヴァント同士の戦いにおいて”必殺”を期するならば
それは宝具による一撃以外にありえない。
それを出さないということ。それはすなわち手を抜いているということと
同義ではないか?

ランサーの頭によぎるのは少女の笑顔。
ありがとうのその一言が。

ランサーに死棘の槍ゲイボルクを繰り出すことを躊躇わせていた。

『―――チッ。まったく、本気かオレは―――!』

戦場は常に命のやり取りを行う場所。
いざ戦いに入れば手加減など二の次。
即死でなければ止めは刺さない。その程度の意識のはず。
それが戦士として生きてきたランサーにとっての当たり前だったはずだ。

『ハ。どうやらオレもオマエに感化されたらしいぞ、マスター殿』
当人が聞いたら”酷い責任転嫁だ”と怒りそうな
悪態をつきながら
弓兵に渾身の一撃を見舞う。

ガキュインッ!

「くっ――――!」
「づっ――――!」
舞い散る火花と共に互いの体が後退する。
ランサーの必殺の一撃はアーチャーの渾身の一撃によって相殺された。


ランサー編その22。
VSアーチャー編その一。
解き放たれた本気の槍の技をもってしてなお
弓兵の防御は崩せない。
英雄は悟る。己の中に芽生えた甘さを。