焼き直し


教会へと続く長い一本道。
曇天が覆う光差すことの無い灰色の世界で、佇む赤い影一つ。
アーチャーだ。

「君の事だ。必ず来ると思っていた」
元従者の視線を少女はまっすぐに見つめ返す。
「それで用意した策はなんだ。何の手立ても無しで
勝負を挑む君ではあるまい」
「ああ。とりあえずテメエの相手はこのオレだ」
従者であった時と変わらぬ素振で問いかけるその様が憎らしくて
問答を遮るかのようにランサーは姿を現した。
アーチャーは軽く驚き、その表情に侮蔑交じりの嘲笑を浮かべる。
「驚いたな。私を失い、数日と経たずに新しいサーヴァントと契約したか。
やれやれ。私もそうだが、君の移り気もなかなかの物だ。
これは袂を分かって正解だったかな」
「――――!」
少女を守るかのように構えていた少年が気色ばむ。
だがその少年を少女は手で制す。
「……構わないわ士郎。あいつの挑発なんかに乗らないで」
平然と受けているであろう少女の顔は……苦痛で歪んでいた。
「………ふん。
前から気に食わねぇヤロウだと思っていたが
―――テメエ、性根から腐っていたようだな」
「ほう。裏切りは癪に障るかランサー。
自分が裏切られた訳でもないのに律儀な事だ」
「―――別にお嬢ちゃんに肩入れする気はねえよ。
単に、テメエみたいなサーヴァントがいるってコトが気にくわねえだけだ」
アーチャーはランサーの言葉を聞くと大仰な身振りで
肩をすくめ、言った。
「英雄の誇りか。
……まったく、どいつもこいつも同じような事ばかりを口にする。
あのキャスターでさえ、そんな下らないモノを持っていてな。
死した身でいまさら、何の栄誉を守るというのだ。
正直、私には君たちの考えが理解できんよ」

それが目の前の下種の言葉を許容できる最後だった。

「ああ、しなくていいぜ。考える手間を省いてやる」
ランサーの瞳が獰猛な獣の光を帯びてゆく。
それは殺すための眼光。千人を射殺した狂気の眼光だ。
だが目前の弓兵はその眼光を受けてなお、平然とした佇まいを崩さない。
「ランサー」
後ろから少女の声が聞こえる。
「おまえたちは中に行け。コイツをぶっ倒したらオレも行ってやるからよ」
「……わかってる」
分かりきっていることを伝える。
事前に打ち合わせた状況とおりである。
コレ以上の言葉は要らないはずだ。
……ならば少女はなにを問いかける??


「けどランサー、アーチャーは」

―――殺さないで、と。


……甘い。一度裏切った相手に情けをかけるのは
戦士にとって危険な在り方だ。
――だが。勝つ為に非情に徹しきれない甘さは
どうにも……アイツを思い出して。
『クク……
この甘さが心地よいと思うのは……嬢ちゃんに悪いコトかね?』
「……ああ、手を抜いてやる。アイツには土下座して
おまえに謝ってもらわなくちゃいけねえからな」
目前の敵から視線を外さずに、ランサーはニヤリと笑った。

「―――ありがとう。
助力に来てくれたのが貴方で良かった」


二人は相対するランサーとアーチャーを迂回して教会へと向かう。
弓兵は動かない。当然だ。
このクー・フーリンを前にして背を見せようものならば
その瞬間に心臓を貫いてくれる。

二人が教会に入ったのを見届けるとランサーは口を開く。
「―――まったく。面倒なコトになっちまったな」
「何がだ、ランサー」
「いや、なに。あんな顔で礼を言われた日には手抜きもできねえ。
そういうの、困るだろ?
おいそれと主を裏切れない身としちゃあ少しばかり眩しいってもんだ」
神父の命令はアーチャーの殺害。
だが、とびきりの笑顔で礼を言ってくれた美姫は……
その命令を遂行するようならば、きっと悲しむだろう。
『まあ、どっちの笑顔が見たいか、ったら……
片方は見たくもねえ訳だがな』
考えるまでもなかった。

弓兵はランサーのらしくないといえばらしくない、その選択をみて
嘆息する。
「……随分と甘いのだなランサー。
君は隣の芝生は青い、という言葉を知っているか」

「は、なーに言ってやがる」
もって回った言い回しを多用する神父の近くで数日も過ごせば
この国の語彙に疎いランサーとて覚えるものもある。
弓兵はこういいたいのだろう。
『その甘さは手が届かないからこそ眩しく見えるだけだ』と。

「んなもん、オレが知ってるワケねえだろうが―――!」

ブオンッ!

獣の如き疾走が弓兵へと迫る。
そんなものは知らない。
届こうと届くまいと、いまランサーにとって大切なのは。
惚れた女の悲しむ顔が見たくない。それだけであった。


ランサー編その21。
まるで数日前の焼き直しとも言える対峙。
違っているのは美姫の言葉を戴けるのが
ランサーだということ。
あの日とはまさに対照。今ランサーは孤独ではなかった。
この槍は、振るうべき者の為に。