戦場へ


新都郊外にあるペンションのデッキ。
聖堂教会所有のペンションであるここは、言峰が前回の聖杯戦争時に
使っていた隠れ家の一つらしい。
この家の主である言峰はといえば
各所に放った”目”で各マスターの動向を探るのに忙しく、
ここ半日部屋から出てくる気配すらない。
その間、待機命令を出されているランサーはペンションのデッキで
小さな宴会を開いていた。

「ブラットハウンドって奴か?可愛いなぁ、オマエ」
ビーフジャーキーをかじりつつ上物のボルドーを空けるランサーは
傍らに居る老犬に話しかける。
ブラッドハウンドは元々年齢が分かりにくい犬種であるが
背筋も曲がり、目も悪いのかぼーっと宙を眺めるその様は
見た目相応に老いているようである。

10年管理されることも無く置かれたこのペンションは
魔術的な防御力も低下し、野犬の住処になっていた。
初めてここにやってきた数時間前、
敷地内に入るなり襲ってきた野犬の群れをヒト睨みで竦みあがらせ
無力化したランサーであったが、この老犬だけは
何故だかその後もランサーに寄ってくる。
軍事力として闘犬を使っていたアイルランドの戦士であるランサーも
ご多分に漏れず大の犬好きである。
この豪胆なのかぼけているだけなのか分からない老犬を
なんとなく好きになってしまい、今に至る。

「オマエも一杯やるか?」
平皿にワインを注ぐと二、三度それの匂いをかぎ
ペチャペチャと舐め始める老犬。
「お、なかなかやるねぇ?ククク……」
犬にあわせるようにボルドーをラッパ飲みするランサー。
「っ、ふう・・・。
クソ神父と一緒じゃなけりゃうまい酒なんだがな」
空になった瓶を床に置くと空を見上げるランサー。ふと入った視界の隅に黒い影。
振り返ればデッキの入り口には神父が立っていた。
「ご機嫌な様だな、ランサー」
「オマエの顔を見なけりゃいつだってご機嫌なんだがな。
んで、方針は決まったかい?」
「不肖の弟子が随分と危地に陥っているようでな。
手助けをしたい」
「弟子?へぇ……。
オマエが誰かを助けたいだなんてまた珍しいこと。
で、どれが弟子だよ?」
「遠坂凛だ」
「はぁ!?嬢ちゃんの師匠?オマエが?
なんのだよ?嫌がらせの師匠か?」
「体術だ。というより私と凛は兄弟弟子だがね。
師を同じくする同門だ」
「世の中狭いねぇ……。で、嬢ちゃんどうしたよ?」

「アーチャーが裏切った。さすがにこれ以上パワーバランスが崩れるのは
好ましくない。彼らを支援しろ」

「………?
アーチャーが、なんだって?」
「裏切った。奴はキャスターの下につき、凛と衛宮士郎は裸も同然だ」
「………。
気に食わねえとは思っていたが……嬢ちゃんを見捨てるとはな。
おい、マスター。支援つーのは具体的にどこまでが支援だよ?
このクソ忌々しい令呪が及ぶ程度の支援か?」
眼光だけで人を殺せる殺気を体から漂わせながらランサーは神父を睨む。

―――それだけで察したのか。
神父はその口元に薄笑いを浮かべ、命令する。
「ではランサーに命じよう。
遠坂凛、そして衛宮士郎の支援および
―――アーチャーの打倒を命ずる。
殺せ。コントロールの効かないコマは盤面に必要ない」

ランサーの顔に獣の如き獰猛な笑みが走る。
そのあまりの気配に……傍らにたたずんでいた老犬は硬直する。
「―――心得た。
アーチャーのそっ首……必ず落としてご覧に入れよう」
いうが早く、槍兵の姿はデッキから消えうせていた。
猟犬は解き放たれたのだ。



「クー・フーリン。千人をひと睨みで殺した男か」
そういうと神父は硬直した老犬を見る。

―――老犬は、死んでいた。

「確かに強い。だが。
子を殺し、友を殺し、そして己を慕うこの犬をも殺す。
どんな高尚な矜持を持とうと。オマエは戦に狂った英雄だ。

―――コントロールの効かないコマは盤面には必要ないのだ。
ランサー狂犬よ」


ランサー編その18。
平和な時は終わり、物語はいよいよ終着へとひた走る。
終わりまで続く戦場へと、ランサーは今踏み出した。