撤退


深夜の教会。
聖堂の片付けを行おうと燭台に手をかけた神父は、自身の異変に気付く。
「が・・・ぐっ・・・」
その命を止めんと心臓を圧迫する呪いの手。
それは強力な魔力によって編まれた呪殺の念であった。
ほどなくして床に倒れこむ神父。その顔から血の気が引き
やがて聖堂が死の静寂に満たされた頃―――。
空間が歪み一人の女が姿を現す。
―――キャスターだ。

「―――フン。エセ神父が。
・・・でもまあ。薄汚い聖杯の管理者にはちょうど良かったのかもね。
片付けなさい」
引き連れていた手勢竜牙兵にそう命じると
キャスターは教会の奥へと消えてゆく。
残された兵士は命令を遂行するべく、神父の死体を裏の墓地へと運んでゆく。
彼らの一体が、神父の死体を投げ込もうと墓石に手をかけたとき。

―――兵士の間に疾風が走った。
ルーンの刻印により、たちどころにその機能を『停止』させる兵士たち。
疾風は無論、ランサーである。

「よお、千両役者。そろそろ芝居はいいぜ。
それともマジでくたばりやがったか?」
ある種、期待を込めてそう呼びかけるランサーの心中に反して
ゆっくりとその体を起き上がらせる神父。
「期待に添えなくて申し訳ないな飼い犬」
「・・・チッ。どんな手品かしらねえが生きしぶといこと」
大仰に嘆息しつつ毒を吐くランサー。
「んで、女狐は釣れたがどうするよ?今ならやれねえこともねえぜ?」
「・・・いや。今はやめておこう。あの女狐の元にはセイバーがいる。
あの手の手合いは追い詰めると、ろくなことにならんからな。
程よく余裕を持たせる程度でいい」
「・・・あ?
セイバーの嬢ちゃん捕まったってか?
かー・・・。あれだけのサーヴァントなんで捕まるかね。
・・・まあ、あの甘ちゃんボウズなら・・・ありうるか」

どうにも人の良さそうな小僧の顔を思い出し、苦笑する。
生きているのか死んだのか分からないが・・・なんとなく
また会えるような予感はしていた。

「んで、神父様はあの女狐どうする気だ?
アレだけの貯蔵魔力だ。女狐だけならまだしも、セイバーがいるんじゃ
おいそれと仕掛けるわけにはいかねえぜ?」
「・・・フム。
まだ方針を出すには決め手が無いな。
他のコマがどう動くか・・・様子を見るか」
神父服を翻し、神父は教会に背を向け歩き出す。
「・・・たく。取られた城には興味もねえときたか。情緒も何もないこと。
お前らの主人はあそこを大事にしてくれるかい?」
パチンと指を鳴らすと、竜牙兵を拘束していたルーンの戒めが消失する。
カタカタと動き出し主の下へと戻っていく兵士の群れ。
「・・・ありゃ駄目そうだな。
・・・胸糞わりぃ家だったが・・・。雨風凌いでくれてありがとよ、クソ教会。
じゃあな」
そういって背を向けると、ランサーは神父を追って歩き出した

きな臭い風が吹く冬木の街を、寄る辺無き偽りの主従が往く。
『さて・・・少しは風通しが良くなって、面白くなってきたか?』


ランサー編その17。
キャスターの襲撃により教会を失った神父だが
彼にとってはその場は既に重要な場所ではなかった。
状況が動くのを待ち、偽りの主従は教会を後にするのだった。