騎英の手綱


槍が命中する瞬間、まるで槍から逃げるように少年の体が
後方へと飛ぶ。
「――――ぎっ!!」
蛙の断末魔のような悲鳴を上げて少年は顔面から着地した。
槍が捉えたのは少年の衣服の一部だけ。
「―――チッ。好きであのボウズに従ってんのか?
よお、ライダー?」
痛む足を引きずりながら高台を登ってきたライダーにそう告げるランサー。
ライダーの手にはクイは無かった。

―――武器から垂れる鎖の先端、輪の部分を
少年の首に引っ掛けるようにクイを投擲することで
その体を後方へとずらし、ライダーは主人の命を救ったのだ。
だがこの状況で武器を手放すことは彼女にとって
自殺行為にも等しい―――。

「あなたには関係ありません」
「クク。つれねえこった。
だがどうするよライダーさん?無手の相手とやる趣味はねえが
先刻あれほどの怪力見せられてるからな。
手加減はしねえぜ?」
ブンと槍を一回転、穂先をライダーへと定める。
「………」
ライダーは動かない。仕留めようと思えば一瞬で終わる距離だ。
だがランサーは油断無くライダーの挙動を伺う。
その体からはあきらめの気配など微塵も感じ無い。そして確実に”ある”。
そう、奥の手が。
だがそれを使ってこない。ライダーは―――迷っていた。

「クッ・・・ゲホッゲホッ!
畜生、この役立たずが……!僕を殺す気か!」
ランサーの後方で少年が何かをわめき散らしている。
「……キャンキャンとよく吠える犬だこと。
そう吠えなくても次はオマエだ、ボウズ。
―――おとなしくして待っていろ……!」
ランサーの一喝に少年は震え上がり黙り込む。
その様子を見たライダーは何かを決意したかのようにランサーを見据えた。
「……に負担がかかるゆえ使うまいと思っていましたが……。
主人の悲しむ顔は見たくありませんから。
さようなら。ランサー」

言うと同時に、ライダーは己の首を手刀で貫いた。

「――――なっ……!?」
おびただしい量の血液があたりに撒き散らされる。
それは誰がどう見ても致命傷である。サーヴァントとはいえ血液が
頭に行かなくなればじきに死ぬ。
『自殺―――!?―――いや……!』
周囲の温度が一気に下がったかのような、錯覚。
それは目の前のサーヴァントから放たれるあまりに強大な魔力の為。

―――撒き散らされた血液は空中に留まりゆっくりと陣を描く。
それは血で描かれた魔方陣。見たことも無い文様。
たとえようも無く禍々しい、生き物のような図形。
ライダーが生み出した魔力の塊―――

『やべえ……!!!』
あまりの魔力に硬直しかけていた体を意思の元に統制する。
避けろ―――!

騎英の手綱ベルレフォーン――――!」

ゴオオオオオオオオオオッ!!!

すさまじいまでの魔力の爆発。
直線上にある全てのものをなぎ払いながら
突進する光の帯。
爆発と同時に全力で横にとんだランサーは背中から地面に落ちる。
着地の事など考えていられない。かわすことに集中せねば
避けられない恐るべき攻撃であった。
あと一瞬回避が遅れていれば間違いなく消し炭になっていたであろう。

『次が来るか―――!』
ライダーの姿が元の場所に無い。
―――ライダーの名を冠する以上その宝具は何かに乗って使うもの。
ならば一撃で終わることはあるまい―――!
素早く立ち上がり周囲を見渡すランサー。

―――だが。
ライダーの姿は。いや、その主人の姿共々。
どこにも無かった。

「――――は?」
破壊された公園に一人立ち、首を傾げるランサー。
あれほどの強大な魔力の気配はその残滓を残すのみ。
ライダーの気配はどこにも無かった。
「………逃げら……れた?」
呆然と立ち尽くすランサー。
その心持はまるでデートの待ち合わせをすっぽかされた
少年のように荒涼としていたと言う………。



ランサー編その15。
ある意味、見事にアサシン戦での雪辱を果たしたライダー。
残されたランサーの熱は行き場も無いまま公園の風に吹き晒されてゆく…。