魔獣


ライダーを追って林の中へと飛び込むランサー。
だがその心持は兎を狩る狩人の如く。
先のアサシンとの一戦でライダーの基本能力に関しては
概ね見当が付いていた。
『空間を立体的に使った3次元攻撃がお得意のようだが。
所詮は騎兵の戦闘技能。恐れるほどのものではない―――!』
事実ランサーやアサシンの直接攻撃に対して
満足のいく防御を見せていないライダー。その白兵戦闘能力は
高くはあるまい。ならば如何な運動能力を誇ろうと
恐れるほどのものではなかった。

林の中を豹の如きしなやかさで駆けるランサー。

ジャラッ・・・

ライダーの武器であるクイから垂れる長い鎖が木を掠め音を立てる。
その音が獲物の主人の位置をランサーに教える。
長い髪に黒装束。―――ライダーだ。
「フン。そこか・・・!」
地を蹴り一気に間合いを詰めるランサー。
接近するランサーから逃れようというのか。ライダーは手近な木を
両手で掴む。その背中はあまりに無防備―――。
「呆気ないものだな。もらったぞ、ライダーのサーヴァント!」
―――だが。

ズシャアアアアッ!ブオオオンッ!

「なっ・・・・づあああああっ!!?」
ランサーはありえない物で槍ごとその体をなぎ払われていた。
木―――。そう、根っこごと引っこ抜いた木である。
まるで雑草を抜くかのように気楽さで”ソレ”を引き抜き
ランサーの横っ腹を引っ叩いたのだ。

ブオオオオッ!ズガアアアアン!

「ちょっ・・・とっ・・・まてええええええぇぇぇ!?」
まるで台風の如く振り回される木は周囲の風景をもなぎ払ってゆく。

―――それは恐るべき武器だった。
視界全面を多い尽くすほどの質量。そして長大なリーチ。
しかも武器は木そのものだけではない。
剣を振るのと変わらない速度で振り回されるが故に
木より生じる枝葉までもが鋭利な刃と化し、ランサーに襲い掛かる。
その上、複雑に絡み合う枝葉のシルエットが
ランサー前方を覆い尽くしその視界を塞ぐ。
これでは反撃もままならない―――。

だというのに。
それほどの獲物を振り回すライダーは全く持って涼しげな顔である。
なんと恐るべき膂力か―――!

この暴風の如き攻撃圏から離れなければ勝機は無い。
ランサーは地面を蹴ると大きく間合いを離す。
ニヤリ―――。
ライダーの口元が笑みの形に歪む。

ブンッ!ギュオンッ!

「―――っ!?」
着地の勢いで体を沈めたのが幸いした。
頭上を掠める巨大な質量。投擲槍ジャベリンの如く真っ直ぐに飛んでゆく。
そう、ライダーは木を槍の様に投げたのだ。
だがソレは槍というよりミサイル。直撃すればただでは済むまい。
「てめぇっ!非常識にも程があんだろおおおっ!」
思わず叫んだランサーだがそれが呼び水となり
次のミサイルが飛んでくる。容赦無しだ。
「だあああああああああっ!」
懸命に走り回るランサー。その間もライダーはこまめに位置を変えながら
”次弾”を装てんすべく木を引き抜いては投げ込んでくる。
なにしろ質量が半端ではない。かわすのも一苦労だ。

『調子に乗りやがって・・・!
この怪力っぷりは人の英雄の力っつーより魔獣とか怪物よりだろうな。
だが人の体でそいつを振るうんだ。長時間は持つまい。
ならばいっちょ賭けて見るか・・・!』
既に5分を過ぎる時間逃げ続けている。息切れが来るのはそろそろだろう。
神話の英雄たるランサーも竜種や怪物の類とは何度か戦ったことがある。
それゆえに持ち合わせる戦術眼。
次の投擲がその時だと。それをランサーに伝えていた。

ザザザザザザッ!

木をなぎ倒し迫る巨木の音。
『こいつを突破して本体を叩く―――!』
今度は逃げるつもりは無い。真正面から迎え撃つ。
飛んできた巨大な質量、その下を潜り抜けんと
低く低く、地面すれすれの高さで獣の体が疾る―――!

だが。

そこにありえないものを、見た。
「そうくると思っていました」
己が投げたものに、己が掴まって、飛ぶ。その矛盾。
それは英霊にしか許されない、幻想ファンタジーであった。
そう、ライダーは投擲した巨木に取り付いて飛んできたのだ―――!

「――――クッ」
おもわず漏れた、その笑い。
―――悪かった。オマエは強い。それと声も奇麗じゃねえか。
前言撤かっぶっ!

次の瞬間、ランサーの体は空中へと舞い上げられていた。


ランサー編その13。
ランサーVSライダー。林の中で。
3次元を利用した体術を繰り出してくると予想していたランサーは
見事に裏切られる。
それは気持ちが良いほどの力押しだった。