策士


「フム・・・。見事なものだ。これをアサシンが?」
「ああ、そうだよっ・・・つつつ・・・。
てめえわざと痛くしてんだろっ!」
時折絶叫を上げるランサーを尻目に神父はそう尋ねる。
その腕には麻酔はかかっていなかった。
「クク・・・英霊ともあろうモノがこの程度の傷で喚くとは。
オマエはどこの英霊だったかな?」
「テメエほんと嫌な奴な・・・」

アサシンによって穿たれたその傷は神父が言うほど生易しいものではなかった。
腕自体が見事な”開き”にされているのだ。
骨、神経、筋肉。腕を形成するその尽くを見事に断ち切られ
霊的医療の使い手である言峰がいなければ
ランサーの腕は聖杯戦争の期間中動くことはなかったであろう。

しばし治療に専念していた神父だが縫合が済んだ時点で
顔を上げしばし思案する。
「・・・?どうしたよ、おい」
「ルール違反か。
女狐め。おもったよりも厄介な存在になりつつあるようだな」
「どういうこった?」
「・・・流れはあの女狐にあるということだ。
ランサー。柳洞寺には手を出すな」
「放って置くってことか?」
「当面はな。ランサー。あの女狐をどう見る?」
「・・・そうだな。三手四手、手を尽くして磐石の布陣を敷くが
―――ぶっちゃけツキと器がねえな。ありゃあ。
予想外の一手にかき乱され欲をかいて自滅するってとこか?」
「そんなところだろうよ。
あとは流れに任せて小石を放り込めばよい」
「たく、経験者は語るってか?
いけ好かねえやり口だが・・・
正直あの場所であいつアサシンの相手はしたくねえな」

―――思い出しつつシミュレートする。
現状真正面からの戦いでアレを打倒しうるのは
正直難しいだろう。
地の利、技量、獲物。条件は悪い。
ならばいかにして運をこちらによせるか―――。

「・・・どちらにしろその傷ではオマエになにをやらせても厳しかろう。
もう少しスマートにやってもらわねばこちらとしてもやりにくくて
適わんのだがな」
思案を遮るように神父の声が届く。
「ケッ。だったらこのクソ忌々しい令呪をなんとかしろや。」
「そいつを除けると死ぬ気はなくとも
一戦一戦が死合となってしまうだろう?オマエは」
「チッ―――。
どうしてもオレに望みを叶えさせるつもりがねえらしいな。
オマエは・・・!」
赤子ならその眼を見ただけで死を迎えそうな眼力で神父を睨むランサー。
愉しげな微笑でそれを受けると神父は席を立つ。
「飼い犬は飼い犬らしく分を弁えて立ち回ればいい。
分かっているだろう?ランサー。
まあオマエがその態度を崩さんのならば・・・。
―――もう一手。打つ必要があるやもしれんな」
神父服を手早く着込むと足音高く
暗闇へと消えてゆく。

「・・・飼い犬、ね」
憎憎しげに暗闇をみつめると嘆息と共にそう洩らす。
一から十まで相手の性向を熟知して手を打つ。
神父がランサーを戒める為に使った令呪は実に効果的だった。
―――飼い犬。誇り高き英雄であるランサーをそんな形容で当てはめる
扱いすら出来るのも効果的な令呪の運用があればこそだ。
それほどの計画性。あの神父はランサーに残された
最後の令呪を使うことはあるまい。
―――恐らくは、この命が果てるまで。

だがそれでは駄目なのだ。
神父を殺すためには―――。

「ならば―――。
この命も掛け金に入れることも考慮にいれとかなきゃな。
問題はあいつの心臓、どうやって引き合いに出すか―――」

真の敵は未だに鉄壁の牙城の中。
ランサーの意識は痛む右腕の脈打ちと共に闇の中へと
没していった。


ランサー編その11。
1を聞いて10を知る。ランサーとて歴戦の勇士。
頭は回らねば生き残れない。
だが相手は狡猾にして深慮遠謀。並みの相手ではない。
ならば。
出し抜く為に命を惜しんでいられようか―――。