制約


ギンッ!ガキュイン!チュイン!
オオオオオオオッ!

不可視の速度で交わされる鋼の咬合に山の大気が震える。
音速を超える切っ先は振るわれるたびに衝撃波を生み出し
周囲の景色を削っていく。それは個人が生み出す”戦争”とも言える。
が、両者とも動き回るわけではない。むしろ静止した戦いともいえよう。
それは両者の卓抜した体能力と見切りによるものだが
それ以上に両者には動けない理由があった。

槍と長刀。
振るわれる技は違えどもその間合いは大きく変わらぬ双方の獲物。
しかしどうして、両者は超近距離―――剣の間合いで戦っていた。
互いが必殺とする間合いは中距離。両者共に本来得手とするソレではない。
初手―――数合の切りあい。
交わした技の感覚で二人は互いの力量を察し
こう悟っていた。

―――その技は必殺であると。出させてはならぬ。

ゆえにこの間合いを外せない。気力体力時の運。
拮抗する両者はその”何か”がいずれかの身に失した時。
敗北すると理解しているのだ―――。


一拍で4手以上の刺突を繰り出すランサー。
それはまさに超人。英雄たる戦闘能力といえよう。
だが。
このままでは敗北するのは己であると悟り始めていた。
認めたくは無いが
目の前の剣士の技量が自分を超えるものだということもある。
しかしそれは戦いの趨勢を有利にするファクターではあろうとも
決め手ではない。手は一つではなく戦略は無限。やりようはある。
それよりも―――己にかけられたこの忌々しい令呪。
”偵察行動に徹しろ”という命令が
初めて視認したアサシンのサーヴァントとの
全力戦闘を阻害していた―――。

『くそ神父・・・・・・・!』
じりじりと剣士の長刀が石段を踏むランサーの陣地を圧してゆく。
「どうした?その程度かランサー。
そなたはもう少しやるものと思ったが・・・。
宝具も持たぬただの人如きに本気を出すまでも無いと侮っているのか?」
口元に怜悧な笑みを浮かべるアサシン。
紡ぐ言葉に反してその口調に自嘲の響きなど微塵も無い。
その間も繰り出される技に狂いなどまったく無く
むしろその玄妙な太刀筋はキレを増してゆく。

「てめえ・・・・!」
―――ランサーの動きを読み始めている・・・!
恐るべき洞察眼。それは幾多の戦場を駆け不利な戦況を
尽く覆してきたランサーにしてなお驚愕に値するほどのもの。
未知のタイプの戦士―――!

ランサーの中の生存本能が危機を訴え始める。
だが。退けば死。さりとて全力は出せぬ。
巨大なジレンマ。苛立ちと焦り。そして目前の敵の得体の知れなさ。
―――その揺らぎがランサーの技をほんの少し、狂わせた。

「―――――く」
半歩。アサシンはただそれだけ体をずらす。
それだけで槍はアサシンの頭一つ分、はずれて空を切った。
ほんの数瞬。だが二人にとってはあまりに巨大な隙―――。
ランサーが槍を引き戻そうと全力を振り絞る中・・・

アサシンの唇から、必殺の言霊が紡がれる。

「―――秘剣、燕返し―――」



ランサー編その8。
拮抗する戦闘だが全力を出せないランサーは
次第に追い詰められてゆく。
そして姿を現すアサシンの秘技。