僕は嫌だ

悪魔と契約する―――。
僕らよりずっとずっと長い時を生きている彼らはとても強い力を持っていて
彼らと契約するということは魔法使いにとって大きな力を得ることと同じだ。

だけどサリマン先生は・・・それは恐ろしいことだと仰った。
過ぎた力に魅入られ、それに手を出すことはいつか身の破滅を招く。
それがどういうことなのか、僕にはまだ分からなかったけれど・・・。
それを語るサリマン先生の顔はとっても怖くて。
―――僕はそれが怖いことだと漠然と知ったんだ。

「ケケケ。怖いのかい?
・・・ハハッ。だったらおうちに帰れよ、魔法使いの坊や。
オイラのことなんか放っておいてさ」

星はちかちかと明滅しながら僕に話しかける。
強がっているように見えるけど・・・。
なんだか・・・その様は誰かに似ていて。
そう、怖がっているように僕には見えた。
そんな思いを振り切るように星は自分のあり方を全うしようと
スピードをあげた。

「・・・星くん、嘘をつくなよ」

僕は早足のまじないで泥炭地の奥まで一気にジャンプ。星の落ちる先で待ち構える。

「わっ!なにしてんだ!?」

星を遠くに見ながらその地点へと歩く。

だって、そんなわけない。僕には判る。
だってそれは僕だから。
僕は―――。


星をこの手に捕らえた。


「うわっ、はなせよこらーー!」
「馬鹿いうな!
僕は―――死ぬのは嫌だ!」
「・・・は?」
「痛いのは嫌だしそんなこと考えたくも無い!
ひもじくて死ぬのは真っ平だしだから魔法だって学んでる。
魔法があれば痛い事や苦しいことをやわらげてくれる。
それで全部がどうにかなるわけじゃないけど・・・僕はもう一人じゃない。魔法と一緒さ。
この魔法の力でかっこよくだってなれるし、そうしたら友達だって
出来るかもしれない」
「それは・・・なんというか違うと思うけどな・・・」
「それにね、少なくとも・・・こうして僕の前で死んでしまう命を。
助ける事だって出来るんだ」

星くんは驚いたようにちかちかと瞬く。
しばし見詰め合う僕たち。

「もう一度いうよ。僕は死にたくない。誰かが死ぬのを見るのも嫌だ。
だって死んだら友達だって作れないし夢だって叶えられない。
そんなの考えただけで目覚めが悪い!
僕が君と契約することを怖いと思うことより何倍も嫌だ。
―――だから。
ねぇ星くん、助けられてよ?」
「・・・・・・・・・・。
・・・ちぇ。なんて勝手な理屈だよ!
そうさ。死にたくないよおいらだって。この空を自由に飛びまわるのが
オイラの夢だったんだ。ホントはもっともっと飛び回りたいんだ!」

僕は口の端をニヤリと歪めた。

「だったら契約成立、だね」
「ちょっと待てよ、その前に君は僕に自由を与えてくれるんだろうな?」
「・・・たぶんね。悪魔と契約するのなんて初めてだから。
やり方はわからなくても何とかなるよ」
「・・・・は?
いやちょっとまてって!ヘンなことになるのが一番まずいんだ!
おい、怖いことになっちゃうんだぞ!もうちょっと調べてからだな・・・!」
「待てない。君の気が変わると厄介だからね」

言うが早く僕は星を飲み込んだ。

「ちょっとまてよぉぉぉぉ・・・・!」




魔法使いハウルと火の悪魔その4。
痛いのも怖いのも嫌だ。
ひもじくて死ぬなんてまっぴら。
偶然がはぐくんだ魔法との出会い。修行は大変で何度もくじけそうになったけど。
だけども少年は魔法使いへの道を志した。
強ければひとりでだって生きていける。
僕が嫌だと思う全てから逃れられるかもしれない。

―――それには。彼の目の前で誰かが苦しむ事も含まれている。
だから誰がなんと言おうとも許してやるものか。
死に行く事を望まない人が死んでいくような・・・
そんな事を。



映画版ハウルと原作の最大の違いは戦争部分に対する
ハウルの積極的な関与、だと思うのですが
わがままで臆病でめんどくさがりなハウルは何であんなに傷ついても
戦場を飛び回り戦争を憎むのでしょうか。

そこにこういう種類のわがままが在るんじゃないかな・・・と。
彼は実に自尊心が強く虚栄心が強い男です。
だけれども。優しい男です。
だからきっと虐殺なんていう方法で自分の前にある世界を壊そうとする
存在が許せないんじゃないかな、と。
きっとそれは臆病さやめんどくさがりな彼を超えたところに
在るような大切な気持ちなんじゃないかと思います。