袖 すりあうも:後編


「にゃ〜……」

 部屋に戻ると、目を覚ましたこねこがゴロゴロしていた。
 タイミングがいいのか悪いのか。私は溜息一つ畳に腰を降ろす。

「……友達だって」
「にゃ〜」
「私とあなた」
「………………」
「友達………か」

 友達ってなんだろ。
 親しい人って意味ならシロウだってサクラだって友達だろうけど、違うような気もする。
 セラは勿論違うし、リズと私はそういうモノでもない。
 多分、タイガーとネコみたいな関係の事なんだろう。だとすれば。

「……私って友達いないんだ」
「にゃ?」

 気付いて軽くショックを受ける。
 人生に多くを望んだことなんてないし、今こうしている事が僥倖なんだって事も判ってる。
 それでも、なんて寂しい人生なんだろう、と。
 ちょっと………思ってしまった。

「………別に」
「………………」
「悲しくなんか、ない」
「………………」

 夢は消え、望むものも無い。
 復讐は果たせなかったけれど、心残りは無い。
 あとは、ただ待つだけの人生だ。たいしたものじゃない。
 だから、人と比べる事に意味なんか無いし。
 私は今、十分幸せだ。

 ―――なのに。


 もう手に入らないものが、手に入れちゃいけないものがそこにあって。
 それが例えようも無く寂しかった。


「………キリツグのばか」

 なんで迎えに来てくれなかったのか。
 キリツグがいてくれれば。キリツグが笑ってくれれば。
 他に何にもいらなかったのに。
 こんな思いを、するはずもなかったのに。

「復讐すら、させないで」
「………………」
「私に、こんな………みじめなおもいさせて」
「………………」
「うそつき………」


「にゃ〜……」
「……え?」

 
 膝を撫でる感触に顔を上げる。
 見れば、こねこが私の膝をぺしぺしと叩いて見上げていた。

「………………」
「にゃ〜………」
「………ごはん、ほしいの?」
「にゃ〜………」
「………いいよ、あげる。ほら」
「にゃ〜………」

 お皿のラップを取ってこねこの横に置く。
 こねこは皿から漂ってくる匂いに一瞬鼻をひくつかせるけど、そちらには行かず。
 私の顔を見上げるばかりだった。

「………………」

 判るはずも無いだろう。
 心なんて、理解できるはずも無い。
 偶然だ。おなかが減ってなかったからかもしれない。
 でも………なんだか。
 お互いの事しか見ていない、その偶然は。

「にゃ〜………」

 あの夕暮れを、私に思い出させた。

 
 

『―――一度だけ聞くわ。私と来るなら少しだけ生き延びられる。来ないならここで死ぬ』


 それは、私があなたに投げかけた言葉。


『―――つまらない希望なら抱かず死んだほうがきっと幸せ』


 足りない事を嘆くなら、自分の生が満たされなかったと嘆くだけなら。
 生き延びる事に意味なんて無かった。



『―――それでも―――』


 それでも。ここにいるのは何故?

 

『―――貴方は、生きたい―――?』


 
……簡単な、事じゃないか。




「………そっか」

 馬鹿みたいに意地張って。守られなかった約束にしがみついて。
 自分の言ったことを裏切っていたのは、私だった。

「生きたいよね。一人で寒いのは、やだもんね」
「にゃ………?」
「二人なら、みんなと一緒なら。
 寒くないよね」

 そっと手を伸ばす。こねこの小さな腕を取る。
 ぷにぷにの肉球。なんだかとっても暖かくって、それだけでそれ以外の事なんてどうでもよくなった。

「友達だって」
「にゃ?」
「私とあなた」
「にゃ〜」
「………友達に………なってくれる?」
「にゃ」

 明確な意思を交わしたわけではない。
 YESもNOも、答えを得られたわけでもない。
 それでもこの子はここにいる。少なくとも、私の傍にいてくれる。
 だったら、今はそれだけでいい。


「……うんっ」
「にゃ〜」



 こねこ日記―――その5。
 袖すりあうも他生の縁。

 それが例え、小さなつながりであっても。
 生ある限り、意味はある。