袖 すりあうも:前編


「すぴぴ………」
「小さいなー。まだ子猫じゃないか」
「………………」

 藤村邸の私の部屋で、眠るこねこを眺めているシロウ。
 一体どんな意図なのか。
 自分の部屋だというのになんだか居心地が悪くて、座布団の上でじっとしていた。

「シロウ………」
「ん、どうしたイリヤ」
「あんまり触っちゃ駄目よ」
「了解」

 振り向いたシロウの顔はやっぱり優しい笑顔で、意図が読めずに困惑してしまう。
 うー………シロウの癖に生意気!

「シロウっ!」
「ん?」
「そ、その………」
「??」
「……どうしたいの?」

 ………何言ってるんだろ。頬が熱くなる。

「イリヤの友達を見てるだけだぞ」
「………っ、違っ……!」
「イリヤは友達でもないヤツを自分の私室に招きいれるのか?」
「そ、そんなはしたない真似はしないわ」
「じゃあ友達じゃないか」

 ―――何その論法!
 シロウの癖になんでこんなに口が回るの。悔しい!

「うーーー! なによシロウ、わけがわからない!」
「訳判らないのはイリヤの方だぞ? イリヤ」
「な、何よ………」
「俺はこねこを連れにきたわけじゃないぞ」
「―――っ」

 その一言で……どういうわけか、胸が軽くなる。
 
「あ………………。
 ―――そ、そんな事心配してないんだからっ!」
「今あからさまに安心したな〜?」
「してないっ! 馬鹿シロウ、レディをからかうなんて最低!」
「むむ…………なあ、イリヤ」

 私と向き合い穏やかな笑顔を浮かべるシロウ。
 その神妙な態度に思わず居を正す。

「………なに?」
「袖すりあうも他生の縁、ってことわざがある」
「ソデスリアウモ………?」
「例え道ですれ違う程度の人でも、前世では縁があった人、って意味だ」

 因果律……って事だろうか。
 異形同士が惹かれあうように、どんな人間も出会うべくして出会う。
 魔術の世界ではさほど珍しくない考え方だ。

「……うん」
「もし、出会って話して関わって、何気ないつながりに意味があるのだとしたら。
 その繋がりを無いものと考えてしまうのは……寂しい事だよな」
「………………」
「イリヤ、これやる」
「え?」

 まだ暖かいお皿を私に手渡すシロウ。
 朝作ってくれたねこまんま。緊張して冷たくなっていた手がぽかぽかと温まる。

「お節介だとは思う。
 でも………俺の家族に友達が出来るのは、すごく嬉しいぞ」
「シロウ………」

 私の頭をぽんと撫でると、腰を上げて席を立つ。
 暖かいお皿を抱えながら、私は去っていくシロウの背中を見送る事しか出来なかった。



 こねこ日記―――その4。
 例え触れ合う事がなくとも、交わした言葉があるのなら。
 それはきっと、小さなエニシ。