皮肉

―――ガバッ!
「―――っ」
目を開ければそこは布団の中。
藤村邸の客室……ううん、今は私の部屋。
お城でもなければ冬の森でもない、ただの部屋。
「…………」
懐かしい夢だった。懐かしくて、苦い過去の夢。
夢は夢、過去は過去。苦い気持ちを消し去る事も出来なければ、居ない人を殺す事も出来ない。
私に出来るのは―――叶わない約束を馬鹿正直に信じていた……幼い自分を笑ってやる事だけ。
「……起きよ」
寝汗を拭い、体を起こす。
ふと置いた手に触れる、柔らかな温もり。
「…………あ」
目を向けると、私の指は子猫の小さな手に触れていた。
―――バッ。
慌てて離す。子猫を見つめる。
私の気配に気付いたのか、子猫は小さくてまんまるい目をこしこしと拭い、目を覚ます。
「にゃあ」
「………う」
何ともなしに見つめあう。曇りのない銀色の目はただ、私の姿を写す。
何を訴えているわけでもない、無垢な瞳。
―――魅入られたのか。
まるで、その瞳に吸い寄せられるように伸ばした手は………。
「―――っ」
子猫の頭に届く前に、
「………………」
「にゃ……」
見つめあいに飽きたのか、子猫はゴロゴロと体をよじって起き上がると、私の膝小僧にすりすりと頭を寄せてくる。
「………はあ」
……なんだかどっと疲れた。溜息一つ子猫を見つめると、眉を寄せて口を開く。
「………おはよ」
「にゃあ」
こねこ日記―――その1。
あの日交わした約束は、叶うことなく少女の胸に。
約束は守るもの。願いは叶えるもの。
守る事も叶える事も出来なかった少女は、己の身に起きた皮肉に眉を寄せる。