歯車


バカンッ!!!

教会の扉が宙を舞い、礼拝堂の床に落ちる。
ドアを蹴破り入ってきた青い長身。ランサーだ。

「バゼット・・・・!」

主に祈る祭壇の前に二つの真っ赤な影。
一人は男。神父服ファーザークロース
真紅に染めた―――神父。
一人はうつぶせに倒れた女。この槍を捧げた主たる者。
―――バゼット・フラガ・マクレミッツ。
彼女の体が倒れ付すその床には、その命が。今も広がり続けていた。
主の体はピクリとも……動かない。

「―――――」
ランサーの体が―――青い弾丸となり、爆ぜた。
我が主の敵たるあの男を―――殺す。
六歩。
それが黒い神父の魂が存在出切る猶予だ。


しかし。破壊すべき目標の左手に握られた愛しい者のソレは―――


「―――令呪に告げる」
『―――バゼットの左腕!?』
神父が掲げるそれが強い光を発する。
―――あと四歩。
「主替えに賛同せよ」
―――あと二歩。
「ランサー。」


―――最も無慈悲な形で。彼の邪魔をした。


この体を縛る強い強い強制力。その巨大な力は。
たった今まで、殺す標的でしかなかった男を
仕えるべき主へと変えさせてしまう・・・恐るべきものだった。
―――あと一歩。
その一歩がランサーの運命を・・・決定付けた。

「貴・・様・・・・・!」
魔槍を持つ手がブルブルと震える。
主を殺した男を主と認めるその在り様。
それは彼の矜持が・・・己自身を許しはしなかった。
湧き上がる破滅の衝動。
どす黒い狂気が心を塗りつぶしていく・・・!
だが。その時。

「・・・・・・・ラン・・・サー・・・」
「・・・・・・・・・・・!!」
耳に届く主の声。
ランサーの激情は透き通ったその声によって、嘘のように静まった。

「バゼット・・・!オマエ、生きて・・・!」
「・・・タ・・フ・・・なだけが・・・売り・・・で・・・ね・・・」
「ち・・・喋るな・・・!」
駆け寄ったバゼットの体の傷は、酷いものだった。
背中の大きな傷。―――深い。
防御もしていないようだ。不意打ちか、それとも・・・。
『ち・・・馬鹿正直に信じやがったのか・・・!
まったくカワイイを通り越して呆れるぞ我が主人・・・!』
左腕の肘から先がない。心臓に近いほうの腕だ。出血が酷い。
このままでは・・・死ぬ。

「・・・さっそくだが命令だ。ランサー」
「・・・・あ!?」
「ソレにもう用はない。捨てて来い」
「・・・・・・・?・・・・!!
・・・テメエ・・・いまなんつった・・・?バゼットがなんだと・・・?」
「ソレにもう用はない。駒は揃った。
ゴミを”捨てて来い”と言ったのだ。ランサー。」
「貴様・・・・・・・・!」

―――――――?

一瞬。腑に落ちない何かが頭を掠めた。
『・・・?捨てて来い・・・?』
バゼットを見る。―――生きている。
―――こいつ―――。

「・・・・・・ああ。命令に従おう、”マスター”。
だがな。オマエは殺すぜ。
必ず殺す。
アルスターの猛犬は畜生に劣る裏切り者を絶対に許さない。
・・・覚悟をしておけよ。
―――神父」
「頼もしいことだ」

神父のその言葉を聞くこともなくランサーの体は
バゼットとその左腕を抱え教会の外へ飛び出していた。
疾風の如く。目指すは・・・彼らの城。



バゼット編16話。新たなる主従。
主の生命の危機を感知したランサーは教会に踏み込む。
だがそこには。
こと生存において、比類なき実力を持つ彼のマスターが。
神父に倒されていた。ただの一撃で。
それは信頼故の盲点。
戦士であるが故の盲点。
それは・・・人であるが故の盲点だった・・・。