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アーチャー異聞


夕日に照らされて真っ赤な丘。
背の高い草がまるで棒のように生えるその丘を。
異形な形の影が登っていく。


影は一生懸命・・・丘を登っていく。

こっくりこっくり。

まるで壊れた人形のようにおかしい動き。その異様なシルエットとあいまって生きているものなのかどうかも・・・わからない。
丘の天辺にたどり着くと影は操り糸が切れたようにドサリと倒れる。
夕日はゆっくりと地平に沈み始め・・・。その強い光がだんだんと小さくなり始めたとき。
丘の・・・いや。『戦場』の全景が見渡せた。

そこは戦場『だった』。
背の高い影のように見えていたものは全て武器。
銃器、戦車、そして無数の・・・剣。
それらは人『だった』ものを貫き地面に縫いとめていた。
今はもう・・動く影は無い。
・・・否。ただひとつ。
丘の上。
くず折れた異形の影。
全身にナイフ、銃弾、自らが投影した剣、ぐずぐずになった衣服だったものをまとわりつかせた『人間』。
――――エミヤの・・・成れの果てであった。

日が落ちれば、生命であることをやめるであろう・・・男。
それがわかっているのか・・・。いないのか。
必死に動き続けている。
天空に向かい、必死に何かを訴えるように。

そのとき。不思議なことに、日が沈み往く暗闇の空から・・・一条の光が射してきた。

男は必死に体を起き上がらせようともがく。だが片腕が無いので踏ん張りが利かない。
回らなくなってきた首で必死に周囲を見渡す。あった。
少し先に突き立っていたライフル。そのストックを歯で噛んで無理やり体を起こした。

そうして・・・。口をパクパクさせ始める。―――喉も潰されている。
何かを、必死に。空の一点に向かって・・・。エミヤは訴えていた。
その口が紡ぐ言葉を音にすれば・・・きっとこうなるのだろう。

「私に力があれば、彼らを救えたはずなんだ。
だから、この体も心も魂もいらない。
私にみんなを救う力をくれ。
そういうものに・・・私をしてくれ」

――――と。


世界は―――ただ果てしなく残酷だ。
彼はこんな状態でなければ全てをなげうったりはしなかった。否・・・そのチャンスがあれば
そうするかもしれない。
だが。考えられたはずだ。

 本 当 に こ れ で い い の か 。 こ れ が 。 み ん な を 救 う 道 な の か 。

その事を。

そう。世界は待っていた。彼が終わるその瞬間を。
そうして効率よく。己の労力は最小限に。
―――都合の良い、力が手に入った。





丘の上に立つ、血の様に赤い影。
腹までを覆う黒いつやの無い甲冑に、和装の雰囲気の漂う赤い外套。
真っ白な髪の毛は夜の闇の中でもなお白く立ち、その眼光はまるで鷹の様だ。
力強い体躯に漂う凛とした空気。その立ち姿。
それは間違いなく『彼』、エミヤであった。
―――ただ、一つを除いて。
その顔に浮かぶ無機質な・・・まるで機械のような表情。
それは常に悩み、苦しみ、誰かの為であろうともがき苦しみ続けた彼が・・・浮かべることの無い。
冷たい表情だった。

―――膨大な魔力。
世界より送り込まれてくるそれによって研ぎ澄まされた千里眼ははるか遠方―――。
この戦いを指揮していた者達を・・・見やる。


―――分析。
距離。5KM。残存兵士数325。状況・待機。
自己診断。
現行魔力量・各身体状況共に万全。供給ライン・確立。―――補給無制限。
投影・強化。各魔術および”無限の剣製”共に魔力量枯渇の心配無し。
各魔術使用時の疲弊に関しての確認。
素体はエミヤのモノを使用するが既にレセプターとしての体は使用不能だった為、分解・再構成しアストラルボディでの活動を開始。
無制限魔力供給による再生が可能。問題なし。
敵陣営に於けるカウンターマジック等のレイ・ライン分断の恐れも無し。

―――結果。
エミヤ単体での敵殲滅が可能。
――――すみやかに殲滅せよ。








――――体は剣で出来ている。
――I am the bone of my sword.

地を駆ける赤き騎士。その力は既に彼のものではなく守護者のモノ。
彼はエミヤシロウであったモノでは・・・もう無い。

血潮は鉄で 心は硝子
Steel is my body, and fire is my blood.


彼には体が無い。それを捧げてしまったから。

幾たびの戦場を越えて不敗

I have created over a thousand blades.

彼には心が無い。それを捧げてしまったから。

ただの一度も敗走は無く

Unaware to Death.

ただの一度も理解されない

Nor known to Life.


彼には魂が無い。それを捧げてしまったから。

彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う

I continue forging a sword while tasting pain of eternity.

彼には何も無い。もう―――人間ではないから。

故に、生涯に意味は無く。

It is the only method that I can do.


彼の人としての生はここに終わり。

その体は、きっと剣で出来ていた。

Therefore I execute it "unlimited blade works".


守護者として。永遠に地獄をさまよう。


―――炎が、走る。
何も無い彼がただ一つだけ自分のものといえるその世界。
その世界は彼で出来ており、その世界こそが・・・今の彼だ。
未来永劫、彼はこの世界でただ一人。灰色の歯車の浮かぶ孤独な世界で・・・。生きていく。


剣が・・・浮く。

数千本の剣の絨毯が空へと舞い上がってゆく。
墓標を失った丘は穴だらけで。それは血が吹き上がるさまにひどく似ていた。

空中で静止したそれらは・・・。
魔術師を含めた。全ての兵士の方を・・・向く。

『やめろおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーっっ!』











今に続く、未来のお話はこれでおしまい。
―――願わくば。
その心に暖かい救いをもたらす・・・。そんな笑顔が。
彼の前にも訪れますように。






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これは―――リンチであった。
エミヤを忌々しく思う数知れない敵たちの。
これは正式な軍隊ではなく・・・傭兵で構成されたただの烏合の衆ではあるがその目的は一つだった。
エミヤの抹殺。
すでに数年前から多額の懸賞金をかけられていたエミヤはここ一年・・・彼らバウンティハンター達や、
協会の魔術師達との戦いの日々であった。
そしてそれを纏めた者がいる。

あまりに純粋であったエミヤのありようが・・・「 」に繋がるのではないかと。
ある一人の魔術師の戦争を利用した実験。

ありとあらゆる救済を求める果て無き心、その思い、そして世界を。無数の死で埋め尽くすというその実験は。
その魔術師にとって最も最悪の結果を招いた。
『守護者』の召還という、魔術師にとって最も危険な敵を呼ぶという事を。

この後「 」追求への要因となるであろう魔術師が
エミヤによって消去されたことは言うまでもあるまい。



だがそれは彼にとってはどうでもいい話。

反英雄エミヤは終わらない物語になった。
もう、たどりつけない。
もう、あの笑顔に会うことは無い。
もう。誰も救えないのだ。
彼は「そういうもの」に・・・なってしまったのだから。